<中編>「それって、どんな役に立つの?」から敢えて距離を置く。物理学者・橋本幸士さんに聞く、物理学の核心

会話をしていると、「それって、どんな役に立つの?」と訊かれることがありませんか? 役に立つ。もちろん大事な観点ではあるけれど、そればかり大切にしては見えなくなってしまうものがあるかもしれません。
実際に、橋本さんが専門にする物理学は、「世の中の役に立つ」を重視してしまうと先に進みにくい学問だと言います。それって、どんな学問なのでしょう? お話を聞いてみましょう。
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プロフィール

橋本 幸士(はしもと・こうじ)さん

1973年生まれ、大阪育ち。2000年京都大学大学院理学研究科修了、理学博士。カリフォルニア大学サンタバーバラ校、東京大学、理化学研究所などを経て2012年大阪大学教授、2021年より現職。専門は素粒子論、弦理論、理論物理学。著書に『ディープラーニングと物理学』(共著)『超ひも理論をパパに習ってみた』(講談社サイエンティフィク)『物理学者のすごい思考法』(インターナショナル新書)など。多数の講演のほか、映画監修や物理芸術など多様な社会活動も行っている。

Q2.物理の研究って、実生活の役に立つものですか?

A.「すぐ役立つかどうか」を一度脇に置くと研究がすすむのが物理学です。

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 物理学のような分野で研究をしていると、「それって、いったい何の役に立つの?」という疑問を投げかけられることがよくあります。科学者がノーベル賞を受賞したときの会見でもよく聞く質問ですが、その度に「聞かれてしまった」と苦笑してしまいます。

 じつは、物理学って「すぐ役に立つかどうか」を横に置いて発展してきた、そんな歴史がある学問なんです。

橋本 幸士さん

 たとえば、みなさんが日常的に使っているインターネットというテクノロジー。これはもともと素粒子物理学者が発案したものでした。当初は、離れた場所にいる世界各国の研究者同士が、密にコミュニケーションをとりたくて築いたものだったんです。
 研究仲間内の必要性に従ってつくっただけのシステムが、のちに応用されて大発展を遂げ、世の中に欠かせないインフラとなったのです。

 そんなふうに、いまは「なんでそんな研究をしてるの?」と不思議がられているものが、百年後の社会では重宝される技術やしくみの素になっているかもしれません。すぐにビジネス転用できるかどうかといったことばかりにこだわらず、研究についてはできるだけ長い目で、人類の目線で見てもらえたらと思います。

 「役に立つ」ということも大事だというのは、科学者たちはみんな理解しています。ただ、「役に立つ」っていうことだけを目標にして研究を行っても、物理学はうまく進まないことも多い、ということも、物理学者には共通認識があるんです。

橋本 幸士さん

 物理学の使命は、自然界のしくみや大きな疑問(グランド・クエスチョン)を解き明かすことにあります。宇宙はどのようにして生じたか、といった壮大な問いに挑み、答えを探っていくのが醍醐味です。

 だから「目の前の社会の役に立つように研究しよう」というのは、絶対必要な要素ではないんです。もし「役に立とう」という物理学者がいたら、仲間同士では、「どうして、そんな役に立とうとしているの?」と聞いてしまうでしょう。そういった中で、物理学が進んできたし、これからも進んでいくんだ、ということを、物理学者たちはよく知っています。

 「それって、どんな役に立つの?」という問いがすぐに投げ込まれる時代に、こんな学問があることを知ってもらえたら、少しの角度でも、考えが転換するきっかけになるかもしれません。

橋本 幸士さん

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スタッフクレジット:

取材・執筆:山内 宏泰
漫画:倉田けい

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