最終更新日:2018/10/4

(株)エキサイト

  • ソフトウエア
  • 情報処理
  • インターネット関連
本社
宮城県
資本金
1,000万円(100%自己資本金、無借金経営)
売上高
2億9400万円(2017年8月実績) 2億7800万円(2016年8月実績) 2億6800万円(2015年8月実績)
従業員
46名(2018年9月1日現在)
  • 業種 ソフトウエア、情報処理、インターネット関連
  • 本社 宮城県
  • 資本金 1,000万円(100%自己資本金、無借金経営)
  • 売上高 2億9400万円(2017年8月実績) 2億7800万円(2016年8月実績) 2億6800万円(2015年8月実績)
  • 従業員 46名(2018年9月1日現在)

独立系ソフトウェアハウスとして、高度な技術サービスを提供。未経験でもじっくりと人を育てる企業風土で、仕事を楽しみながら成長できます!

会社紹介記事

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エキサイトは、社員を高度な技術力を有するプロフェッショナルな人材に育てます。社員が仕事に誇りを持ち、喜んで働ける会社をつくり、更なる発展・拡大を目指します。
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自社で開発、販売中の「たもつくん」は、イチゴやトマトなど作物の生育状況の監視・制御を実現しました。農業IoTシステムとして注目されています。

新しいものをつくり出すことが仕事の喜びであり、やりがいです

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「技術部のメンバーは多くがお客様先に出向して仕事をしています。お客様との信頼関係を築き、なくてはならない存在として今後も頑張ります!」(及川さん・小野寺さん)

会社は2001年創立、私は2006年入社なので、会社とともに自分も成長してきた感覚があります。入社当時と比べ、現在は大手の取引先も含めて着実に仕事先が広がっており、成長を実感しています。私は2016年にサブリーダーになり、部下の相談に乗ったり、仕事の進め方や計画立てなどをサポートしたりしています。部下はさまざまな現場に出向いて仕事をしているので、一緒になる機会には悩みなどを聞いてフォローします。ささいなことでも話してもらえるようなサブリーダーをめざしたいですね。私自身は組込みソフトウェアの開発をしています。組込みソフトウェアは家電や車など一般的に市場に出回るものに活かされます。携わった商品が店頭にも並ぶので、その評判を見聞きしたり、製品を触ってみたりするのが楽しいですね。目には見えませんが、この新製品のこの部分に自身の仕事が活きていると喜びを感じます。会社としてはさらに多様な分野を開拓しているところですので、IT系の勉強の経験がない方でも、とにかく何かに興味を持って頑張れる方が仲間になってくれたら嬉しいです。興味関心を持って取り組めるというのが、仕事への一番の原動力になると思います。
(及川健太郎さん/技術部 サブリーダー 2006年入社 仙台電波工業高等専門学校卒)

私は出身も大学も仙台なので、就職先も仙台を志望しました。エンジニア系で、あまり規模が大きすぎない少数精鋭の会社ということでエキサイトを発見。大学時代は電子工学科で情報系とはほぼ無縁でしたが、面接で「SEは会社に入ってから勉強すれば大丈夫」とお言葉をいただき、仕事に興味を持ち入社しました。現在、ウェブアプリケーション開発のSEとしてお客様先で仕事をしており、他社から来ているメンバーとチームを組んでプロジェクトを進めています。さまざまな会社の方と仕事ができるので刺激もあり、日々充実しています。自分たちが開発したシステムが本番稼働してお客様に喜ばれた時はやりがいを感じますし、新しいものを自分でつくれるということはこの仕事の喜びです。また、何かあればすぐに先輩や上司に相談できる環境であり、何でも伝えやすいので仕事もしやすいです。資格試験のための勉強会や、技術力の高い先輩の手厚いサポートなど、技術者としてステップアップできる環境が整っているのも当社の魅力です。
(小野寺智也さん/技術部 2014年入社 東北学院大学工学部卒)

会社データ

事業内容

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仕事を的確にやり遂げることでお客様に満足していただき、エンジニアも大きな達成感を得ることができる、それがエキサイト流です。

・コンピュータソフトウェアの開発、運用、保守並びに販売
・コンピュータ・システムに関するコンサルタント
・労働者派遣事業法に基づく労働者派遣事業

■通信ネットワーク技術
  ・WEBアプリケーションシステム開発
  ・スマートフォンアプリケーション開発
  ・クラウドコンピューティング
   (Java、C、C++、VC++、4GL、統合開発環境等)

■基盤系システム構築技術
  ・サーバー環境構築、保守、調整
   (UNIX、Linux、Windows等)
  ・データベース環境構築、保守、調整
   (Oracle、DB2等)
  ・ネットワーク環境構築、保守、調整

■組込ファームウェア技術
  ・情報家電機器内蔵のシステム開発
  ・モバイル機器内蔵のシステム開発
  ・車載機器内蔵のシステム開発
   (C、C++、RTOS等)
  ・画像処理関連システム開発
  ・暗号化技術関連のシステム開発

■画像処理技術
  ・画像処理組込ソフトウェアの開発と事業化
   (戦略的技術基盤高度化支援事業)
  ・映像投影システムの研究・開発
  ・画像認識のシステム開発
   (スマートアグリ分野)
本社郵便番号 980-0803
本社所在地 宮城県仙台市青葉区国分町1-6-9 マニュライフプレイス仙台7階
本社電話番号 022-216-2571
設立 2001年9月4日
資本金 1,000万円(100%自己資本金、無借金経営)
従業員 46名(2018年9月1日現在)
売上高 2億9400万円(2017年8月実績)
2億7800万円(2016年8月実績)
2億6800万円(2015年8月実績)
事業所 ■本社:〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町1-6-9
マニュライフプレイス仙台7階
■東京事業所:〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町18-7 小網ビル8階
企業理念 「あらゆる情報化ニーズに、確かな技術でお応えします」
経営計画 ■人を採用し組織を大きくすること
■売上を増やし利益を上げること
■人を教育し人材を育てること

当社に必要なことは、この3つをバランス良く行うことですが、機は熟しつつあります。
今後、年率10%以上の成長を続け、会社規模と売上高の拡大を目指します。
これからエキサイトは加速し、拡大していきます。
平均年齢 33.8歳(2018年9月1日現在)
有資格者数 ネットワークスペシャリスト 1名
データベーススペシャリスト 3名
エンベデッドシステムスペシャリスト 3名
システムアーキテクト 1名
情報セキュリティスペシャリスト 2名
応用情報技術者(旧1種) 17名
基本情報技術者(旧2種) 26名
Javaディベロッパー 2名
JavaWEBコンポーネント 1名
Javaプログラマー 4名
OracleMasterシルバー 5名
OracleMasterブロンズ 4名
プロジェクトマネージャー 1名
情報処理安全確保支援士 1名
代表メッセージ 学校の勉強は、探せば答えがどこかに転がっているかもしれません。
一方、社会に出ると、仕事の答えは自分自身で導き出さないといけません。
その答えは人によって千差万別です。
でも本当の最適解は一つなのです。
この解を導き出すのに必要なのは哲学です。
仕事を通じて己の哲学を培ってください。

ソフトウェアハウスは以下の3つに大別出来ます。

1.メーカー系
コンピュータを作っているメーカーの系列子会社を指しますが、最近はメーカー自体もソフトウェアハウス化しています。
又、コンピュータを作るのをやめてしまったメーカー?もあります。
因みに、パソコンは此処で言うコンピュータに含まれていません。
何故なら、今となってはパソコンは汎用部品を組合せた日用品(コモディティー)だからです。

2.ユーザー系
エンドユーザー企業と親子関係の子側の会社を指します。
親会社の仕事を専門にする会社と親会社以外の仕事も積極的にする会社があります。
前者の場合、当然ですが仕事内容が専門的になる傾向があります。

3.独立系
メーカーやユーザーの系列に属さない会社です。
企業規模、業務内容、経営方針等は千差万別ですが、何処の仕事をするか、何の仕事をするかは自由です。

当社は、3.の独立系で、なおかつ規模の小さい会社です。
しかしいつまでもこのままではありません。

大量採用を繰り返し、単に組織を肥大化させても中身が充実していなければ何にもなりません。
・人を採用し、組織を大きくすること
・売上を増やし、利益を上げること
・人を教育し、人材を育てること
この3つをバランス良く行うことが肝心ですが、機は熟しつつあります。

当社は皆さんに仕事を通して「自己実現」の場を与えます。
そこで活躍し、成長し、そして貢献してください。
当社はより大きく成長し、皆さんに応えていきます。
Profile ◆幼少時

東京で生まれ、物心ついた頃には大阪にいました。
小さい頃はいたずら好きな、ヤンチャな子供で、釣り、プラモデル作りが大好きでした。

1970年には、吹田市で大阪万博が開催されました。
会期は3月15日からの半年間だったと思います。
当時吹田市内の小学校に通っていた私は、開催前日の3月14日が招待日であり
一般の入場は出来ないことを聞きつけました。
あれだけ大きな会場なので、どこか警備の手薄な所から潜り込めるのではないか?
そう考えたら、すぐに行動に移していました。
当日は、土曜日で午前で学校は終わりでした。
その後、友人数名を誘い、自転車で会場へ向かいました。
果して、目論見は適中し、見事に会場内に忍び込めました。
幼いながらにすごい熱気を感じました。
「これから日本は成長していく。」そんな高揚感を覚えました。

◆高校生活

中学時代は英語、数学、理科などキチンと答えが出る科目が好きでした。
新設高校に2期生として入学しましたがつまらない悪さをして停学処分になり心を改めてラグビー部に入部。
スクラメジャーとして持ち前の脚力と持久力を発揮しました。
この仕事に入ってからも、休日出勤や残業などハードな仕事をこなしてきましたが体力には自信があります!
今でも肺活量は5,000CC近くあるのでは?
高校では、勉強はほとんどせず、麻雀ばかりしていました。
先生や親の言うことを聞かない扱いにくい高校生だったと思います。



  ◆大学生活

そんな訳で何とか関西の私立大学に入学しましたが、学校には全く行かず、
アルバイト、パチンコ、麻雀と酒に明け暮れていました。
当時1ヶ月の飲み代が30万円…
全て自分で稼いだお金でした。

アルバイトでは社会人になってから恐らくやらないと思う仕事にチャレンジしました。
その数ざっと20種類

飲食店のウェイターやバーテン、生駒遊園地でのガードマン、
展示会での説明スタッフ、サラ金のマッチ配り、コンサート警備、
麻雀荘では店をネグラにしての店員兼メンバー、パチプロ
内装業では天井張りの仕事をし、持ち前の器用さを発揮し本職の人よりもキレイな仕事をしていました。
春休みには、自衛隊基地やリニアモーターカー試験場の仕事で九州全県行脚も経験しました。
バイトとは言え、どれも一生懸命取り組みました。

大学3年生の頃は、本気で麻雀のプロを目指していました。
麻雀の月刊誌でプロの手筋を研究し、競技会等に参加したり、東京まで出掛けフリーの麻雀荘巡りもしました。
当時、自分が上がった時は勿論ですが、相手が上がった手牌を見た瞬間に点数が計算できました。
恐らく1秒と掛からなかったと思います。
皆が指を折りながら点数を計算しているのを遅いな~と思って見ていました。

プロの麻雀士を目指していたものの、所詮、運に左右される世界。
プロとして生活出来るのは麻雀タレント等の限られたごく一部の人に過ぎません。
プロになるのをあきらめて、5年掛かって大学を卒業。
  埼玉県の知り合いの会社に就職し、営業と事務の仕事をしましたが放漫経営に疑問を感じ、程なく退職。
知識も経験も何もなかったがコンピュータソフトウェアの世界に魅力を感じ、
自分の可能性を試してみようと思い東京の独立系ソフトウェアハウスに中途入社。

ここから私の本当の社会人生活が始まりました。
当時コンピュータは世間に馴染みの無い存在でした。
私はそれまでキーボードに触ったことも有りませんでした。
コンピュータの仕事は余程頭のよい人がやるものと思っていました。
でも、実際入ってみるとそうでもないということがすぐに判りましたが…

元々何の仕事をしても人より上手にやれると言う、変な自信がありました。
3年で1番になってやろう。
そんなことを考えているナマイキな新人でした。

◆ソフトウェア業界との出会い

そんな未知のソフトウェア業界に飛び込み一から勉強を始めました。
コンピューターは1と0の数字の世界。
ソフトウェアの仕事は1(出来た)か0(出来ていない)の厳しい世界。
高い品質が要求され、ごまかしがきかない世界です。

入社してからは、思いっきり働きました。
製鉄、原子力発電、石油基地等いろいろな業界のシステムに携わり、現地調整等を経験。
その後、金融関連システムを担当。

仕事は難易度の高い仕事や、工程が厳しくて皆がやりたがらないような仕事を選んで担当していました。
流石に3年では無理でしたが、4、5年すると同年代の技術者の中で、技術力だけでなく、タフネゴシエータとしても、トップクラスの実力を身につけていたと思います。
リース会社のシステムではメーカーSEとしてユーザーサポートを担当。
生命保険会社では新しく導入される「変額保険」の海外パッケージの日本向けポーテーションを担当。
お客様と一緒になって分析・設計から行いました。
英文ドキュメントとソースプログラムに差異が多く、ハードな仕事でしたがやりがいもたくさんありました。
そこで知り合った人たちは今でもつながりのある、すばらしい財産となっています。

  ◆一路仙台へ、試練の時

29歳で結婚を機に、仙台へ。
中堅ソフトハウスの仙台事業所に一技術者として転職。
すぐに地元企業のシステム開発商談があり、見積を行いました。
私の計算では40人月程度の工数がかかる見積でしたが、
中々開発予算が折り合わず、おかしなことに、会社が約半分の工数で受注。
システム自体は期限どおりに作ってキチンと納品しましたが、結局は大赤字。
仙台市場の小ささや、商売のやり難さを痛感しました。

その後社内のごたごたから、急遽事業所長として、営業、管理、技術の全てを任されました。
それまで、技術職専門で営業経験など全くなく、営業のやり方を教えてくれる人もいない。
経験不足の部下達、高い売上・利益のノルマ…
四面楚歌というか孤立無援という状態でした。

東京と受注単価の異なる仙台で、採算を上げ、営業・管理・技術の3つをたった一人で行うことは、並大抵の努力では出来ません。
私も悩み、迷い、苦しみました。
その結果最適解を見つけることが出来ました。
営業所員10名足らずの体制から、徐々に組織を大きくし、最終的には約80名の所員を統括。売上も、利益も、高い数字をあげることが出来ました。

でも私が最適解と思っていたものは本当の答ではなかった。
売上・利益を偏重し、社員数を急激に増やしたが、技術がなおざりになってしまっていました。
全社で300名強の組織は形骸化し、古参幹部の考えはバラバラでベクトルが定まらない…
平社員で入社し、ナンバー2にまで駆け上がったが、オーナーの経営方針に馴染めず、嫌気が差して退任。
一念奮起し、理想を実現すべく当社を起業しました。
沿革
  • 2001年 9月
    • 仙台事業所開設(仙台市青葉区上杉)
  • 2001年11月
    • 東京事業所開設(東京都中央区)
  • 2002年 1月
    • 特定労働者派遣事業登録
  • 2003年12月
    • 全国情報サービス産業厚生年金基金(JJK)加入
  • 2004年 9月
    • 仙台事業所移転(仙台市青葉区国分町)、本社とする
  • 2005年11月
    • 宮城県情報サービス産業協会(MISA)加入
  • 2006年12月
    • 東京事業所を東京都中央区日本橋に拡張移転
  • 2008年 4月
    • みやぎ組込み産業振興協議会(META)加入
  • 2010年12月
    • 本社移転(開発環境整備の為)
  • 2011年 6月
    • 仙台商工会議所加入
  • 2011年12月
    • 戦略的基盤技術高度化支援事業採択
  • 2015年 7月
    • 大阪科学技術館に「マジカルカード」納入
  • 2015年 7月
    • ISMS認証取得
  • 2018年 1月
    • 労働者派遣事業許可(派04-300304)
  • 2018年 4月
    • 農業IoTシステム「たもつくん」販売開始
月平均所定外労働時間(前年度実績) 12.9時間 (2017年度実績)
平均有給休暇取得日数(前年度実績) 11.2日 (2017年度実績)

会社概要に記載されている内容はマイナビ2019に掲載されている内容を一部抜粋しているものであり、2020年卒向けの採用情報ではありません。企業研究や業界研究にお役立てください。

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