「どんな仕事でもさまざまな経験が人を育てる」
『進撃の巨人』の監督・荒木哲郎氏

アニメ業界では巨匠クラスと呼ばれるベテランばかりでなく、30代、中には20代の若手監督も活躍している。彼らはどうしてアニメ業界に足を踏み入れ、どのようにキャリアを積んだのか。若手監督の中でも「ギルティクラウン」「進撃の巨人」などの人気作の監督を務める荒木哲郎氏に、自らの経験を踏まえてアニメ業界で働くということを語ってもらった。

アニメ業界は好き放題やる野武士の集団かと思っていた。
人同士が集まって仕事をするからには社会常識が不可欠。

——どのような経緯でアニメ業界に入られたのでしょうか?

荒木哲郎氏(以下、荒木氏): 元々アニメが好きでした。冨野由悠季さんの一連の作品ですね。また当時は「新世紀エヴァンゲリオン」がものすごく流行っていましたが、僕もご他聞に洩れず大好きでした。
大学生の頃はマンガを描いて持ち込みをしたり、High-8(ビデオ)で映画を作ったりしていました。映像業界で演出をやりたかったんです。自分が就職した1999年はアニメのテレビ番組が数多く放送されていたので、これならチャンスも多いだろうと考えたわけです。ただ、動き出すのが遅く、2社ほどしか募集しておらず、その1社マッドハウスさんにご厄介になりました。当時好きな作品「MASTER キートン」を制作していたというのも理由のひとつですね。

また、この業界を選んだのは、好き放題やる野武士の集団みたいな(笑)、アーティスティックな人の集まりだろうと考えたのも大きいです。学生時代、あるいはアルバイトをする上で、社会常識のなさで随分と痛い目を見てきました。清掃のアルバイトでは先輩に怒鳴られ、コンビニでは店長に怒られ、「この社会で生きていけるんだろうか」と落ち込んでいたわけです。そんな社会性のない自分でも、アニメ業界ならやっていけるかなと思ったんですね。失礼なことに。しかし実際には挨拶ひとつできない人間に仕事は来ないし、遅刻する人間は信用されない。普通ですよね。「ここもただの社会だった」と思ったのを覚えています。「社会常識ってものからは、どこへ行っても逃げられない」と思い、だったら「僕のフイルムを作るために、がんばって身に付けます」と気持ちを切り替えましたね。

1本のアニメに携わる多くの人たちを結ぶことで、
作品のクォリティアップにつなげられるのが制作進行。

——最初の職種は?

荒木氏: アニメ業界には大きく分けて2つの入り口があります。
動画から入ってアニメーターになるか、制作進行から入ってプロデューサー、あるいは演出になるか。僕は制作進行でした。
制作進行は、それこそ社会性を問われる仕事です。担当した1話を作る上で、作品に携わる全ての人との連絡や調整に携わります。大勢の人に気持ち良く仕事をしてもらうのが役割です。そこから始めたっていうことは、自分のキャリア上でも結果的に大きかったですね。
最初に求められるのは、単に社会人であること。運転手を上手にできるか、徹夜仕事に耐えてニコニコとしていられるか、人同士の諍いを調停できるか。
諍いと言っても多くは演出の意見をトラブルなく周知させるかですね。それも直接ではなく、おだてるなどして柔らかく伝えるんです。制作進行が上手に立ちまわると、フイルムのクォリティが格段に上がります。それに気が付くと、この仕事はすごく面白かったですね。
アニメはたくさんのスタッフで制作しますが、演出も監督も全てのスタッフに会うことはありません。全員と会うのは制作進行だけなんです。だからアニメっていうのは大勢で作るものだということを体感できるし、クォリティは普通の人の普通の努力で出来上がって行くことが分かります。アーティスティックな人のアーティスティックな活躍ではなく、地道な努力の積み重ねが、高いクォリティのフイルムに結び付く。大勢の人の力をきちんとより合わせることが、いいフイルムを作る道だと、言葉でなく体感できました。

作品の全てを管理する演出・監督と言えど、
決まったルールに従った上で表現をしている。

——希望されていた演出にはいつから?

荒木氏:大声で制作進行の素晴らしさをアピールしていますが、実際に担当したのは3~4本、1年くらいなんです。制作進行としてはヒヨッコのまま、その仕事を後にしてしまいました。
15年業界にいますから、2年目から演出をやり続けているということになりますね。
演出は絵コンテを作ることがメインの作業なんですが、うまく行かなかったらなんでだろうと答えを探し、それに答えらしきものを見つけるとまた別の問題が現れる。そうやって一つ一つを解決する繰り返しの中で少しずつマシになって行った。10年以上そればっかりやっていたから、多少は何かになったんだろうかと思います。
監督になってもやることは演出です。監督になるとシリーズのあらゆることが自分の責任になりますから、深夜までコンテチェックをし、ラッシュに立ち会い、朝早くに来るというすごいボリュームになりますけどね。

——演出という仕事は荒木さんの思い描いていたイメージでしたか?

荒木氏:監督になっても、そう簡単には好きなようにやれません。自分と同年代の連中だと、何かしら苦虫を噛み潰していると思います。人気監督と言われる人たちですらそうですから。
成り立ての監督は特に、原作者やプロデューサー、そして現場のスタッフの仲立ちとなる中間管理職です。若い監督ほど便利に使われ、偉い人などの言いなりになることを求められます。かといって跳ね返してはダメなんです。言いなりになりつつも“何か”を見せることで認めてもらう。どの職種でも同じじゃありませんか? 成長して行く上でぶつかるものって似ているし、アニメ業界も普通の社会と同じ。とはいえ、しばらくは、視聴者と言うよりは、実際に周囲にいる人を喜ばせることだけを考えすぎていた気がしますね。アニメーターさんとか、その仕事の関係者とか。そこに受け入れてもらうことばかり考えていた。きちんとお客さん(視聴者)を喜ばせるって意識になったのは、僕の場合監督になってしばらくたってからでした。

そうやって経験を重ねるうちに、自分だけではなく作業するスタッフのレベルが上がってきます。うまい人と仕事するためには、自分にも、その人が一緒に仕事をしてくれるだけの何かが必要ですからね。「僕のフイルムを作っている」という考えが出てきたのはここ数年です。一緒に『進撃の巨人』を作っているWIT STUDIOとは相性も含め、「ついにこれだけのチームとやれるようになったのか」と思える関係ですね。

物事に打ち込んでいる人たちの集団がアニメ業界。
人とぶつかりあうことも醍醐味。

——最後にこのインタビューをご覧になっている学生にメッセージをお願いいたします。

荒木氏:元々アニメ業界は好きにやれる場所じゃありません。
ただし、がんじがらめになっている中でも己のフイルムをひねり出すことはできます。そうすることで自分の秘められた特性に気付きました。学生の頃は鬱々とした人間だったのでコメディっぽいものが作れるなんて思ってもいませんでしたが、与えられた仕事をこなしたら、人を笑わせるのが好きな自分に気が付きました。コメディ作品じゃなくても、笑わせることができるって演出の武器になるんですよ。それを身に付けられたのは、自分がどういう人間か関係なしに「いいからこれやれよ」と仕事を渡してきてくれたマッドハウスのお陰なんですよね。
最近は「アニメ業界はブラックな世界」とネットで目にします。仕事がハードなことは否定しませんが、自分はアニメ業界は素晴らしいところだと思っています。努力が真っ当にクオリティという成果につながるし、稼ぎが少ないと言っても普通に暮らせていますし(笑)。物事に打ち込んでいる人たちの集団だから、それは何より美しいのです。「良いフイルムを作る」という目的に向かう中で気持ちがぶつかい合い、へこむこともある。そこが人生の妙味という奴ですよ。それはむしろ面白いこと、醍醐味ですね。

荒木哲郎氏プロフィール
あらきてつろう
1976年11月5日生まれ。埼玉県出身。専修大学卒業後マッドハウス入社。
アニメーション監督、演出家。
2005年,OVA「おとぎ銃士 赤ずきん」にて監督デビュー。
近年の監督作品に「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」「ギルティクラウン」「進撃の巨人」等がある。


現在の荒木監督の作品
2014年11月22日より全国の劇場で公開された「劇場版 進撃の巨人 〜紅蓮の弓矢〜」を監督。
「劇場版 進撃の巨人 〜紅蓮の弓矢〜」は、漫画家・諌山 創氏の人気作「進撃の巨人」(別冊少年マガジンで連載)を映像化したTVシリーズアニメの5.1chリマスター総集編。前編には1話から13話が、後編には14話から25話がまとめられる。後編にあたる「劇場版 進撃の巨人 〜自由の翼〜」は、2015年6月27日公開予定。
「劇場版 進撃の巨人」(2014年11月22日公開)を作っていますが、制作のスタンスはテレビと変わりません。ただしお客さんが上映時間に合わせて電車に乗り、お金を払って映画館に行くという、ハードルが高くなった分のプッシャーは感じますねあとは約2時間という短い時間で「進撃の巨人」の一番いいところを余すところなく伝える、それをミッションとして意識しました。結果として良いものができたので、ぜひ観ていただきたいです。(荒木氏)

※本稿は2014年8月に行ったインタビューをもとに作成しております。

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