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「働き方」の強化書 -Design a work style-

角田龍平Ryuhei Sumida

弁護士

PROFILE

1976年、京都府生まれ。立命館大学法学部卒。高校時代に出場した漫才コンクールで大賞を受賞するものの、大学在学中に法曹を志す。2006年、司法試験合格。11年、角田龍平の法律事務所開設。ラジオDJとしても活躍中。 詳細プロフィール

漫才師の道をあきらめ、9度の挑戦で司法試験に合格。紆余曲折の末に見いだした“角田流の生き方”をお伝えしましょう。

弁護士でありながら、ラジオDJとしても活躍する多才な人である。何度も挫折を味わいながらも自分を見失うことなく、「自分なりの理想の弁護士像」を追求してきた。「紆余曲折あっての人生」と語る角田さんの生き様を紹介しよう。

ぼんやりとした思いの先に、見えてきた進路

「18歳にして、漫才コンクール受賞」「漫才師から法曹の道に方向転換」「司法試験に挑み、9回目の挑戦にして合格」…不撓不屈の精神を発揮して勝ち取った多彩なキャリア――「角田さんは努力の人だ」と評されるゆえんである。しかし彼は、その評価をまっこうから否定する。
「その時々で、直感に従ってやってきただけ。明確な目標や高い志があったわけではないんです」
言葉を丁寧に選びながら発言するその姿に、角田さんのやさしさが見え隠れする。

角田さんのキャリアの原点は、高校時代にさかのぼる。深夜ラジオが大好きで、ぼんやりと構成作家に憧れ、明確な目標がないまま高校生活を送っていた。たまたま漫才コンクールに出場するチャンスがあって、運良く大賞を受賞する。これがきっかけとなって、人生が大きく動き出した。
オール阪神・巨人のオール巨人に弟子入り。高校生という若さで漫才コンクールの大賞を受賞した角田さんに対して、周囲の期待は大きかった。あれよあれよという間にその後の進路が決まっていく。予想もしない展開に、誰よりも驚いたのは角田さんだったのかもしれない。しかし、一芸入試で大学を受験し、漫才の腕をアピール。私立大の法学部を受験した。

そのまま漫才師の道を突き進むのかと思われた角田さんが、大学を受験したのはどうしてか。進学校に通っていた角田さんの周辺には、優秀な仲間がたくさんいた。受験勉強に打ち込む友達の横で、「大学に行く意味はどこにあるのかな」とぼんやり考えていた。受験勉強はほとんどしなかった。大学に進学することを決意したのは、「親が安心する」と思ったからである。
大学生活を送りながら、オール巨人の付き人を務めるようになったが、ここで挫折を味わうことになる。漫才で生活しているプロを目の当たりにして、その覚悟と底力に圧倒されたのだ。「生まれながらの芸人。この人たちは、芸人という職業以外に生きる道はない。そう確信できるほどのあふれる才能。彼らの生き様を見て、自分はそこまで覚悟ができていない“ふつうのあんちゃん”に過ぎないと気づいたんです」

結局、漫才の道は諦めた。振り返ってみれば、大学受験も中途半端で、ほとんど受験勉強をしてこなかった。付き人をしていたので、大学にもほとんど通っていなかった。これまでの自分の生き方に対して後ろめたい気持ちが芽生え、胸の中いっぱいに広がっていく―。「自分は何もしてこなかった。やらなあかん!」。こうして角田さんは新たな道を模索した。「安易な理由ですが、『法学部だから、弁護士だろう』と思い、司法試験を受けることにしたんです」

遠回りのススメ

角田さんが司法試験に挑戦していた頃は、旧司法試験の時代である。合格率が低く、「落ちても仕方ない」と周囲が慰めてくれるほど合格は難しかった。合格を手にするためには、自分を律して勉強を続けなければならない。しかし、高いハードルだとわかっていても、角田さんのモチベーションはなかなか上がらなかった。
「8回連続して司法試験に落ち続けた時、30歳が目前に迫っていました。ここまで来て、ようやく『人生の逃げ道がなくなってしまった』ことに焦りを感じ始めました」

司法試験に受かるしか自分の道はない。起きている時間はすべて勉強に充てる生活が始まった。食事をしているときも、歩いている時も、すべてが勉強時間になった。9回目の挑戦にしてようやく司法試験を突破。1年4カ月間にわたる司法修習を経験した後、晴れて弁護士になったのである。

司法修習修了者には、裁判官や検察官、弁護士への道が開けてくる。角田さんはなぜ弁護士という職業を選んだのだろう。
「弁護士は、法曹三者の中でもっとも事件の当事者に近い存在です。民事事件も刑事事件も当事者の人格と不可分な事件が多い。当事者に近いポジションで人格的接触を続けなければ、事件の本質を理解できないと思ったんです。」

大阪の法律事務所に入職してキャリアを積み、2011年1月に「角田龍平の法律事務所」を開設した。
「漫才師の弟子をしたり、司法試験に8回落ちたり、弁護士になるまで時間がかかりましたが、その道のりは無駄ではなかったと思います。弟子時代には、オール巨人という生涯の師匠に出会い、最高峰の漫才を間近で見て、プロフェッショナルとは何かを学ぶことができました。司法浪人時代も、健康管理は大事だと思ってスポーツジムに通っていたのですが、ジムのサウナで出会った様々な職業の人たちと親しくなり、今ではその人たちが顧客になってくれています。紆余曲折ありましたが、これはこれで良かったと思える遠回りでした。」

弁護士は人間の「業」に触れる仕事

角田さんの担当分野は、刑事事件や少年事件から、男女問題に中小企業の法務など多岐にわたる。数多くの依頼者と向き合う中で、角田さんは弁護士としての自覚と責任感を高めていった。弁護士は依頼者の代理人であり、当事者同士だと感情的になってどうにもならないことを、代理人同士が話し合うことで解決する紛争解決機能も持ち合わせている。だからこそ、むやみやたらと依頼者の要求を主張するのではなく、当該紛争にとって妥当な解決を目指し、その解決策を依頼者に納得してもらえるよう丁寧に説明することを心がけてきた。

「弁護士は人の話を聞く仕事なんです。正しい見通しを立てるには、依頼者の話を正しく聞き取らなければならない。そのためには、弁護士である自分を信頼してもらうと同時に、依頼者を理解する力が必要。自分に不都合なことは、誰だって言いたくないでしょう。不利な情報も含めて、どこまで依頼者の話を引き出せるかが、弁護士の腕の見せ所です」
角田さんは依頼者の心に寄り添い、共感しながらも、客観的に事件を見つめる視線を忘れない。

一方、角田さんはラジオ番組のDJとしても活躍している。弁護士登録した2008年、『オールナイトニッポンパーソナリティーオーディション』に合格し、ラジオDJとして活動を始めたのだ。

角田さんがDJを務めるラジオ番組「角田龍平のオールナイトニッポンポッドキャスト」で、世間で取りざたされている事件について語ることがある。その理由について、彼はこんな話をしてくれた。
「たとえば刑事事件が起きた時、メディアで報道される事実はごく一部で、報道されない事実も数多くあります。事実誤認のまま、報道されることも珍しくない。弁護士である自分がメディアに出て、世間の人に誤解を与えないようなコメントをできるだろうか。そう考えた時、じっくり話しができるラジオなら可能だと思いました」

「メディアは、事件が起こる度にターゲットを変えながら、叩き易い一方当事者を徹底的に叩きます。少数者の味方であるべき弁護士がそこに加担してはいけません。他方で少数者が正義とは限らないし、そもそも正義なんて相対的なものです。事件を多面的に捉え、色んな視点を提示した上で、相対的な正義の判断は各リスナーに委ねたい」これが、ラジオDJとしての、彼のポリシーである。

弁護士になって7年が経つ。今も、弁護士の仕事が自分に合っているかどうかは、正直よくわからない。けれど、人に興味があるから人と関わる弁護士の仕事を面白いと思う。人の心は、一面的に捉えていては何も見えてこない。極悪人と称された人物に会ってみたら、あまりにも礼儀正しくて、驚いたこともある。弁護士とは、人間の業に触れ、人の業を肯定する仕事なのかもしれない。

「95%が弁護士。5%が芸能活動。二足のわらじは、これからもはき続けていくつもりです」
紆余曲折の人生も、やりたいことすべてにチャレンジする生き方も、何だってありなのだと、角田さんはおおらかな笑顔を見せてくれた。

「働き方」を考える3つの視点

  • 挫折も人生の糧となる。くじけず前に進もう。
  • 当たり前の努力を当たり前にすることで、道が開かれる。
  • キャリアの選択肢は可能な限り、広げるべし。

PROFILE

  • 角田龍平Ryuhei Sumida

    弁護士

    1976年、京都府生まれ。立命館大学法学部卒。高校時代に出場した「第15回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で大賞受賞。大学進学後、法曹の道を志し、9年連続司法試験を受験。2006年、旧司法試験合格。11年、角田龍平の法律事務所開設。主な取り扱い分野は、刑事事件・少年事件、高齢者の財産管理、遺言・相続、離婚・男女問題、中小企業法務など。ラジオ番組にも出演するなど、多彩な才能を発揮。

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