(株)切目屋薬局

所在地
和歌山県田辺市新万23-14-1
業種
調剤薬局

プロフェッショナルの仕事

創業300年超。挑戦と変革で地域医療に貢献
超高齢化時代に対応した次世代薬剤師を育成

代表取締役社長 脇村 明さん

1976年に京都薬科大学卒業後、シオノギ製薬に入社。1983年に家業である切目屋薬局に後継者として入社し、医薬品の卸営業を経て、1988年に代表取締役社長に就任。現在は5薬局を経営する一方、薬剤師としても活躍中。

江戸時代より続く老舗薬局。地域と歩み続けて300余年

切目屋薬局は、今から300年以上も前の江戸時代に和歌山県紀伊田辺の地で産声を上げ、常に地域と共に歩み、時代を刻み続けてきました。1714年に薬問屋で創業し、1889年には薬局も開局。和漢薬が中心だった時代に西洋薬の普及に努め、大正〜昭和初期にかけてはアメリカのドラッグストア形式を導入し、医薬品に加えてワイン、ビールなどを販売するなど逸早く西洋文化を伝えました。戦後の混乱期には抗生物質など医薬品の安定供給を行う重要な役割を担い、1950年には法人格に改組。
私は1983年に7年間勤めた製薬会社を退社し、切目屋薬局に入社しました。医薬品卸営業として経験を積み重ねながら1988年に代表取締役社長に就任。その翌年、医薬品卸業を廃業し、小売業に一本化。平成8年に調剤薬局第1号店を開局し、現在では田辺地区に5店舗を展開。私たちは長い歴史の中で、常に挑戦と変革を繰り返しながら地域医療を支える企業として今日まで成長し続けてきました。

地域の方々のかかりつけ薬局として
門前ではなく面分業に取り組んでいます。

医薬品の安定供給と情報提供が地域に根づく薬局の役割

田辺市のような地方都市は都心部に比べて高齢化が急速に進んでいます。暮らしに欠かせないのが車ですが、10年先には高齢で車に乗れなくなった高齢者が医療機関に行けない、通販で注文した薬が届かない、近くに薬局がないなどさまざまな問題が起こってくるでしょう。今もそしてこれからも、このエリアで一番大切なことは医薬品の安定供給。また、調剤業務の機械化が進む中で、これからの薬剤師に求められるのは、患者様一人ひとりに合わせたオーダーメイドの服薬指導です。現在は医療や医薬品に関する情報が氾濫しているため、自分が飲んでいる薬に不信感を持たれる患者様も少なくありません。そんな患者様の不安を取り除くため、薬の効能や副作用など患者様に合わせた医薬品情報を提供していくのが地域に根ざした薬局の役割。私たちは常に患者様と同じ目線に立ち、直面している問題に共感し、プロとしての目線を持って対応することが求められます。

ニーズがあれば遠方の患者様宅でも訪問し、
薬の配達・服薬指導を行っています。

10年先の日本がココに。次世代の薬剤師へと育成します

私が新卒の薬剤師に求めるのは、時代の変化に対応できる柔軟な思考と自分の仕事にプライドを持って取り組む向上心です。病院薬剤師に比べると、地域の患者様とのつながりが深く、人間関係を大事にする仕事です。だからこそ、患者様のさまざまな悩みや医師からの情報など実際に起こったことを常に薬局内で共有。いろいろな事例についてみんなで意見・知恵を出し合いながら各人が知識を深めています。全員が薬のプロフェッショナル。そこには年次やポジションの壁はありません。これが当社の人材育成の特徴です。ほかにも、薬剤師会の研修や製薬会社による新薬の研修など充実した研修をご用意。薬剤師としてスキルアップできる環境が整っています。また、結婚や出産を経てもキャリアを途切れさせることなく働きたいという方には、社員、パートと、希望に合わせて雇用形態を選べますのでライフスタイルに合わせた働き方が可能です。

店内は明るく広々とした空間になっており、
患者様が気軽に薬の相談に来られます。

Message

私自身、これまでの人生において失敗の連続でした。しかし、その中で学んだことのすべてが糧となり、この年齢になっても現役で活躍できているのだと思います。皆さんも前向きに物事に挑戦して失敗することを決して恐れないでください。
大学卒業と同時に知識は陳腐化していきますが、「学び方」だけは不変です。大学では「学び方」を身に付け、入社後は先輩の指導のもと、自己研鑽に努め、成長してくださることを期待しています。