医薬品をめぐるリスクマネジメント研究の第一人者である澤田康文教授が、
現場で実際に起きたヒヤリ・ハット事例とその対処方法を紹介します。
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ミケラン点眼液は
2週間で使い切るもの?
内科から出ている内服剤が2週間処方なので、ミケラン点眼液(一般名:カルテオロール塩酸塩)も2週間で使い切らなくてはと思い込み、1回4滴も点眼していた。
<処方> 50歳代の男性。高血圧症。緑内障。処方オーダリング。病院の眼科。
ミケラン点眼液1% 5mL 1本 1日2回 朝夕 両眼に1滴
<処方> 病院の内科。
ノルバスク錠5mg 1錠 1日1回 朝食後服用 14日分
オメプラール錠20mg 1錠 1日1回 朝食後服用 14日分
*実際の処方通りに記載。
患者は内科から降圧剤と抗潰瘍剤が処方されている予備校教師。今回、初めて点眼剤が同じ病院の眼科から処方され、薬局から同時にそれらの薬剤が交付された。薬剤師は患者から「1滴はどれくらいの量か」と聞かれ、約40μLだと教えた。薬剤師はどうしてそのようなことを聞くのか不審に思ったが、そのままにして、薬の効能効果などを説明して薬剤を交付した。患者は内服剤が14日間処方になっているので点眼液も14日間で使い切るものだと勝手に判断していた。点眼剤は1本5mL(125滴分)を2週間(28回)で使い切るためには、片方の眼に1回4.5滴を点眼すればよいと計算した。再来局時の患者インタビューで、2週間で点眼液1本を使い切ったと聞いて、今回の不適正使用が発覚した。
一般に点眼剤は1〜2滴を超える量を点眼しても、多くは眼外に排出されてしまうため、効果にはほとんど差がないといわれている。通常、点眼剤の1滴量は約30〜50μLである一方、結膜嚢(まぶたと眼球の間の隙間)にためることができる最大液量は約25〜30μLで、涙液量は約7μLであることから、1滴垂らすだけであふれてしまうことになる。さらに、過量投与すると鼻涙管に流れた薬液が粘膜から吸収されて血液中に移行し、全身性副作用が発現する可能性が高くなる。薬液が眼の外に流れれば、接触性皮膚炎の原因にもなる。例えば、チモプトール(一般名:マレイン酸チモロール)などのβ遮断薬点眼剤の過量投与では、呼吸器系や心血管系の副作用を来す可能性がある。また、キサラタン(一般名:ラタノプロスト)は眼瞼色素沈着、睫毛の異常、眼瞼部多毛、接触性皮膚炎などを来す可能性がある。本事例では、このような情報に加え、「1回1滴点眼」という重要な情報が的確に提供されていなかった。
今回のヒヤリ・ハット事例によって引き起こされる
「最悪の事態」を考えてみましょう。

ミケランの過量使用による喘息あるいは失神などで死亡。
【今後の対応】
患者には、「1回1滴点眼」の指示を守るように指導する。さらにその根拠として、眼にたまる液量は点眼剤1滴が限界であり、2滴以上点眼すると、あふれた薬液が鼻から口に入って嚥下され、腸で吸収されて全身作用が現れる可能性があること、眼からあふれた薬液は皮膚傷害を起こす可能性もあることを説明する。
【具体的な説明や確認】
今回から目薬が出ていますが、目に差す量は1回につき1滴にとどめてください。液がたまる眼のすきまは1滴で十分いっぱいになるからです。2滴以上差しますと目からあふれて、その一部が鼻から口に入って飲み込まれ、腸で吸収されて、喘息症状や脈が遅くなるなど全身の副作用が出たり、目からあふれた液が皮膚の傷害を起こしたりする恐れがあります。目薬は必ず指示通りに差してください。
東京大学大学院客員教授(薬学系研究科 育薬学講座)
澤田 康文
医薬品をめぐるリスクマネジメント研究の第一人者である澤田康文教授が、全国から収集し、解析を加えたヒヤリ・ハット事例を紹介し、医薬品適正使用と育薬のポイントを解説します。

[書籍紹介]
ヒヤリ・ハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント
(日経 BP社)
ヒヤリハット事例の原因を分析し、どうリスクを回避すべきかを提示する“服薬リスクマネジメント”の実践書です。本連載は本書に掲載された事例を引用・改変して掲載しております。
更に多くのヒヤリ・ハット事例を NPO法人・医薬品ライフタイムマネジメントセンターで紹介しております。薬剤師になった暁には是非ご参加ください。また、自己研鑽を深めて頂く卒後研修のプログラム(育薬セミナー)も提供しています。詳細については、ホームページをご覧ください。
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