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3月企業エントリーに向けた新機能と今後の流れ

~仕事を知る特集~ 理系の選択

「情報技術(IT)」や「遺伝子編集」などに代表されるテクノロジーの進化が、新たな産業を生み、企業のビジネス戦略を牽引する現代社会。
 ここでは、今後、テクノロジー・トレンドの主役となるであろう研究・開発分野の現況を、各分野の学識経験者の方々に語っていただきます。

第5回「材料科学」

メインタイトル
国立研究開発法人
科学技術振興機構
研究開発戦略センター
フェロー
永野 智己

ますます重要性を増していく
マテリアル

ポートレート1

 今、私たちは様々な製品に囲まれて、便利な生活を享受しています。先端的な材料やナノテクノロジーは、イノベーションを引き起こす上でいわばモーターのような役割を果たし、生活を取り巻く様々な素材や製品に用いられています。皆さんが日ごろ手にするモノを思い浮かべてみてください。それらがどんな素材でできているのか、何が優れているのか、一見しただけでは分からないと思います。ましてや一般に広く普及した日用品や衣料品、スマートフォンなどのIT機器で使われている「材料」に、いちいち気を留める人はほとんどいないでしょう。

 一方、製品が生み出す「機能」については、誰もが注目するようになっています。例えば近年、多くの衣料メーカーが高い防寒性や透湿性をうたった人工繊維のアンダーウェアを開発し、ヒット商品を生み出しています。こうした製品の素材やその名称を気にすることはなくても、どれほどの快適性を持つのかという機能については誰もが注目します。また、新型コロナウイルスのワクチンは驚くべき速さで実現しましたが、mRNAワクチンを細胞内に運ぶためのドラッグデリバリーシステム(DDS)では、ナノ粒子技術が活用されています。今後は抗ウイルス性の表面機能を持った素材を開発していくこともできるでしょう。

 この他にも、SNSを使う人にとって欠かせないスマートフォンの色鮮やかな高性能カメラ、排気ガスをほとんど出さない自動車やIoT社会の要となる高性能センサー、災害に強いインフラなど、社会が求める機能を次々に実現していく源泉には、いつも画期的な新素材があります。世界における感染症対策能力の持続的な強化や、2015年の国連サミットで示された「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成へ向けて、そして日本においてもSociety 5.0のビジョンが掲げられています。いずれも非常に高い目標ですが、その多くの場面でマテリアルのイノベーションが期待されています。

求められるナノテクノロジー
・マテリアルのイノベーター

 革新的な機能を持つ素材やデバイスを開発しようとすると、物質を形作る原子や分子の織り成す特異な機能を効果的に引き出すことが求められます。そこで活躍するのがナノテクノロジー(以下、ナノテク)です。ナノテクは、その名が示す通り、ナノサイズ [1nm(ナノメートル)は10億分の1m(メートル)]で物質を高度に制御する技術を指します。1990年代から活発に研究されるようになり、実用化に至った技術は多数あります。半導体の微細加工を担う技術がナノテクの代表例ですが、例えば、音声認識をするスマートスピーカーのセンサデバイスや、水に含まれる見えない不純物を取り除く装置、リチウムイオン電池や太陽電池などの再生エネルギー機器、AIデバイスや、3Dプリンターなどは、先端ナノテクが結集されて出来上がっています。

 今後もナノテクはマテリアルのイノベーションを牽引していくものと思われますが、ナノメートルという極微の世界を扱い、現実の高機能製品として実現することは決して簡単なことではありません。精密な材料合成プロセスや、微細加工技術、先端計測・解析技術とデータ科学の組み合わせが鍵を握っており、高性能な装置を用いることが必須の領域です。

 そこで日本では2021年にナノテクノロジー・材料研究開発に関する政府戦略として「マテリアル革新力強化戦略」が策定されました。ここでいうマテリアル革新力とは「マテリアルのイノベーションを創出する力」を指し、日本の材料研究開発力を強化するために産学官で共通のビジョンを検討した結果、策定された戦略です。

 2030年にどのような社会、産業になっているかを見据えて、Society 5.0 の実現、SDGsの達成などに重要な役割を果たす「マテリアル革新力」を強化するための総合的な政策パッケージになっています。こうした政策が打ち出された背景には、近年世界的に進展する材料研究開発におけるデータ科学の活用「マテリアルズ・インフォマティクス」や製造プロセス技術における省エネ化・高速化を革新する動きなどが関わっています。特に循環型社会を目指して欧州圏で進められている「サーキュラーエコノミー」の実現へ向けた潮流や、枯渇が心配される一方で、世界的に需要が高まっている鉱物資源の循環・確保・代替のための技術開発や制度整備が、日本においても最重要課題に掲げられています。

 世界に求められる新しいマテリアルの開発を、いかに効率的、かつ、迅速に実現するかが喫緊の課題になっており、大学などの公的研究機関での基礎科学の成果を基盤にして、産官学が連携して次々と社会実装に結び付けていく環境が求められ、そのための様々な施策が取り組まれるようになっています。その一例として紹介したいのが、文部科学省が開始した「マテリアルDXプラットフォーム構想」です。従来から進められてきたマテリアル研究開発にDX(デジタルトランスフォーメーション)を取り入れ、それを全国展開する研究開発プラットフォームとして構築しようというものです。

 マテリアルDXプラットフォーム構想は、以下の3つの柱となる事業で構成されています。一つ目は、日本で材料技術のデータベースを構築し、産学の様々な研究開発で活用できるようにする「データ中核拠点」を物質・材料研究機構に構築するというものです。誰もが利用できるデータベースにすることで、優良な材料技術が死蔵されることなる、多くの研究者に利用されることを目的としています。

 二つ目は、全国各地の主要大学や国の研究機関の先端研究機器を誰でも使えるように開放して、さらにその利用を通じて創出されるマテリアルデータを上述のデータベースと接続しようとする「マテリアル先端リサーチインフラ」の構築です。ナノテクの研究では極微な観察や加工を可能にする顕微鏡や微細加工装置などの先端機器が求められますが、大学や企業が独自に先端機器を整備するのが難しいだけに、このインフラ構築の利用が進めば、より多くの大学、企業に高度なナノテクを用いるマテリアル研究に参画してもらえるでしょう(下図)。

マテリアルDXプラットフォームの実現に向けて

マテリアルDXプラットフォームの実現に向けて
(2020年 文部科学省の資料をもとに作成)

 そして三つ目が、これらの研究設備やデータインフラと連携し、日本の将来にとって重要な技術領域に応じていくつかの研究拠点を構築する「データ創出・活用型プロジェクト」です。このような大きな構想は政府だけで進めるものではなく、実用化の担い手となる産業界はもちろんのこと、大学などの公的研究機関、そして社会の様々なステークホルダーと問題意識やビジョンを共有して推進されています。

       

 今、社会ではAIのソフトウェア・プログラマ人材やデータサイエンティストなどが注目されています。しかし、先端素材やIoTデバイス開発など、ナノテクのような高度技術を核とした、いわゆるハードを扱う技術系人材の重要性も同じくらいに高まっています。さらにより重要視されているのが、クラウド上のサイバー/ヴァーチャル世界と素材・デバイスのフィジカル/現実世界との境界にまたがるような領域です。

       

 いわゆるCPS(Cyber-Physical System)の領域で、ここが新市場を牽引していくことでしょう。しかし、CPS領域で活躍する人材は圧倒的に不足していて、特に高度な技術を習得した人材への需要はますます高まっています。CPSを実現する要はAIとIoTです。AIの技術開発では米中が世界を圧倒していますが、IoTに関しては日本にも大きなチャンスがあり、善戦していると言えます。産業や生活空間におけるあらゆる物理的・化学的・生物学的なアナログ情報を、デジタル化してサイバー空間とつないでいこうとする大きな流れのなかで、技術的ボトルネックとなるのはサイバーとフィジカルのインターフェース、すなわち情報を取得するセンシングデバイスと情報処理デバイスといえます。

       

 アナログ情報をデジタルに信号変換すること自体は容易ですが、問題はIoTを通じて得ようとしているアナログ情報の多くが、微弱な信号であり、バラつき、ノイズが大きい点です。そのため高性能なセンサーが求められるのですが、多くのデータを取得しようとすると、それだけ多くのセンサーを配備しなければならず、高性能センサーの価格を押さるための技術開発も大きな課題になっています。しかし、長年培ってきた技術基盤を持つ日本はここに勝機があり、期待が持てます。今後のIoTデバイスはデータを取得する対象が多様化していくために、求められるデバイスも多様化し、ある特定の製品だけが競合他社を駆逐して、勝者総取りとはなりません。これがサイバーだけ、ソフトウェアだけで勝敗が決まる分野との違いです。

       

 高度な製品技術をもつ企業には大きなビジネスチャンスがあり、IoTを付加することで、製品を売ったらそれで終わりではなく、製品ライフサイクルを通じたサービス事業へとビジネスモデルを移していくことができます。IoTではコストと機能が優先されるため、電子デバイス、センサーなどの多様な部品を実現する半導体と合わせた集積化が肝となります。すでに日本には自動車、機械、電子部品などの分野で競争力ある企業が多く集積しており、現在のような厳しい景気局面においても、これら企業は世界的に見ても魅力を放っているのは間違いありません。

       

 今後、産業界が持つ技術や人材と、大学などの公的研究機関による新しい研究開発提案とが噛み合って、ポストコロナ時代の多様な可能性が拓かれるものと期待されます。新素材・新技術によって実現するであろうIoTは、例えば、医療分野にも応用され、生物の仕組みにヒントを得た従来にない医療デバイスの実現などが期待されます。さらには脳の仕組みをまねた人工知能デバイス、ウェアラブルセンサー、量子コンピューター開発などへと発展していくでしょう。これらはまさに先端科学技術の研究開発と製品・サービスとをデザインしていくビジネス(経営)の力が推進力となり、多様なバックグラウンドを持つ専門家がいかに分野の垣根を超えて融合していけるかが鍵となります。

テクノロジーへのインサイトが
次代を紡ぐ

ポートレート2

 平成の30年間は過ぎ去り、令和の時代には私たちを取り巻く社会と産業構造が様変わりしています。市場を牽引する価値の在りかは、より目に見えないものへと移っています。インターネットもAIも、そのモノ自体は目に見えず、色もなければ形もありません。にもかかわらず、それらを活用したサービスは際限なく拡大し続け、インターネットの向こう側にある見えない空間は、どこまで大きくなるのかわかりません。

 同時に情報通信産業やサービス産業で使用されるIT機器も増え続けています。こうした製品・機能を実現する新素材は、今よりも持続可能であることが必須条件となっていくでしょう。ナノテクに関していえば、当初に期待された技術のいくつかが次々に実現する一方、物質の自己組織化現象によって優れた材料が原子・分子から自動的に組み上がったり、複雑な機能を持ったナノマシンが大活躍したりするといった将来予測は、実現までまだまだ距離を残しています。世界中で今も挑戦が続きますが、一部では熱力学的な限界も明らかになるなど、初期のフィーバーとは異なる冷静で着実な研究開発が進展していると見るべきでしょう。

 また、こうした先進技術を社会実装していくに当たっては、ELSI(倫理的、法的、社会的課題)やRRI(責任ある研究とイノベーション)の諸問題を同時に解決していくことが求められます。世界的には「社会における、社会のための科学」が共通認識となっているのですが、日本では自然科学と人文社会科学との間にある隔たりや、未知の先端科学技術に対する社会の受け止め方や企業経営の意思決定との関係には多くの課題があり、私たちは今、大きな問いを投げ掛けられています。そこで必要になるのは、様々なテクノロジーへのインサイト(洞察)です。新しい技術が社会実装された時にいかなる価値や軋轢を生みだすのか。次代を担う皆さんには、積極的に考え、自らの意志と行動によって未踏を切り拓いてほしいと思います。

今の専門性にこだわりすぎずに
異分野にも目を向けて

ポートレート3

 マテリアルのイノベーションは私たちの未来の可能性につながっているということ、そして新たなビジネスを生むシーズであることは感じていただけたと思います。それだけに研究開発で得られた成果を、社会で最大限に生かせるように、知的財産として蓄積し活用することが重要です。戦略的に知財の権利が及ぶ範囲を設計して特許にしたり、ノウハウ化を進めたりしなければなりません。そのためには市場の変化をいち早く把握し、今後、どのような技術やサービスが競争力を持つのかを先んじて見極める目と判断が常に求められます。また、いつでも社会の変化に対応する準備をし、次の研究開発に投資する「技術の分かる経営者」の存在が欠かせません。しかし、これまでの日本の教育において、新しい技術の動向や、その可能性を直視できる経営人材が育成されてきたかというと、いささか心許なく感じています。

 近年、大学などの研究機関で生み出された技術を事業化するために、ベンチャー企業が多く設立されています。そうした企業の中で善戦しているケースを見ると、経営については企業経営の専門家が担い、技術を生み出した研究者は経営から距離を置いていることが多いように感じられます。これに対して欧米の技術系ベンチャー企業の多くは、創業直後は研究者自らが経営スキルを学びながら積極的に経営に関与する例が数多く見られます。どちらがいいということではなく、ビジネスの成長段階や規模に合った最適なやり方を模索することが大事ですが、これからの時代は技術の分かる経営者がますます必要とされるのは間違いありません。ですから企業においては研究者や技術者であっても必要な時は果敢に経営に携わることが求められているといえます。

 技術の分かる経営者を育成する教育体制も少しずつ整いつつあり、MBA(経営学修士)コースを開講したり、MOT(技術経営)を学べる大学院も増えています。皆さんには積極的に挑戦してもらいたいのですが、どうも理系の人ほど、高い専門性が逆に邪魔してしまい「自分の専門ではないから…」と初めから避けてしまうことも多いようです。専門性というのは非常に大事な強みになりますが、真の強みとするには、元々の専門性に加えて新たに何を掛け合わせていくのかという「掛け算スキルによる競争優位性」を一人一人が構築することがポイントです。経営に限らず、時間をかけて異分野の知識やスキルを複合的に獲得していくことは、きっと皆さんの将来をより魅力的なものにしてくれるでしょう。

第5回「材料科学」 テーマ監修

永野 智己(ながの としき)
国立研究開発法人
科学技術振興機構
研究開発戦略センター フェロー
総括ユニットリーダー、JST研究監
2003年、学習院大学理学部化学科卒業。科学技術振興機構(JST)入社。2013年、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。JST研究開発戦略センターフェロー、ナノテクノロジー・材料ユニットリーダーを経て、2018年より現職。文部科学省技術参与/マテリアル先端リサーチインフラ事業やプロセスサイエンス構築事業のプログラムオフィサーを兼任。日本工学アカデミー正会員。専門はナノテクノロジー・材料科学、研究開発戦略、技術経営。
永野 智己(ながの としき)

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