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3月企業エントリーに向けた新機能と今後の流れ

~仕事を知る特集~ 理系の選択

「情報技術(IT)」や「遺伝子編集」などに代表されるテクノロジーの進化が、新たな産業を生み、企業のビジネス戦略を牽引する現代社会。
 ここでは、今後、テクノロジー・トレンドの主役となるであろう研究・開発分野の現況を、各分野の学識経験者の方々に語っていただきます。

第6回「人工知能」

メインタイトル
国立研究開発法人
科学技術振興機構
研究開発戦略センター
フェロー
茂木 強

人工知能は人間を
凌駕するほど発達したのか︖

囲碁AI新時代
『囲碁AI新時代』
著:王 銘琬/発行:マイナビ出版

 人工知能は、ここ10年ほどで機械学習の性能が飛躍的に発展したことにより、さまざまな分野で応用が進んで、一般的にも「AI(エーアイ)」として浸透してきました。人工知能の進化の象徴として、一部のテーブルゲームなどにおいて、人間を上回る能力を身に付けたことが、メディアでも広く紹介されていますから、ご存じの方も多いでしょう。

 2016年、英国ディープ・マインド社の人工知能「AlphaGo(アルファ 碁)」が、囲碁の世界チャンピオン棋士、イ・セドル九段と対戦し、5戦4勝で勝利を収めたことが大きな話題となりました。過去、チェスや将棋で人工知能が⼈間のプロを相手に勝利していたとはいえ、囲碁は局面のバリエーションが豊富で、人間のチャンピオンに勝つのは10年以上かかると言われていました。ところが、想定外の早さで人工知能は進化し、囲碁においても人間に勝利できる能力を身に付けたのです。
 さらに翌2017年には、カーネギーメロン大学のサンドホルム教授らが開発した人工知能「Libratus(リブラタス)」がポーカーで世界のトッププレイヤ ー4人に挑戦し、20日間の対戦の後、大勝しました。囲碁や将棋は、ゲームの参加者の手の内や経緯がすべて与えられているため「完全情報ゲーム」と呼ばれます。一方で、ポーカーや麻雀は相手の手の内はわからない「不完全情報ゲーム」であり、不完全なやり取りの中で、最良の手を探し出すアルゴリズムは困難であることが知られていました。「Libratus」が人間のプロプレイヤーを破ったということは近年のAI開発においても歴史的な偉業といえるでしょう。

ポートレート1

 こうなると、人々が人工知能に対して脅威を感じるようになっても不思議はないでしょう。アメリカの起業家、イーロン・マスク氏は「核戦争よりも危険かもしれない」と発言していますし、2018年3月に亡くなった理論物理学者のスティーブン・ホーキング氏は「人類を滅ぼすかもしれない」と警鐘を鳴らしていました。これらの発言がメディアで報じられることで、今や人工知能に対してネガティブな印象を持つ人も少なくないでしょう。

 では、本当に人工知能は人間を凌駕するほど発達したのかというと、決してそんなことはないというのが私の見解です。人間の知的活動のごく限られてた領域において、人間を上回る能力を発揮し始めたというだけです。身体を持たないということは言うまでもなく、いろいろなことを総合的・複合的に処理できるという意味においても、人間を凌駕するようになったとは到底いえません。ですから、現時点では、必要以上に人工知能を脅威と感じる必要はないでしょう。

2045年にシンギュラリティは
到来するのか?

「ムーアの法則」

宇宙ビジネスへの投資額
(インテル社資料をもとに作成)

 では、今後も人工知能が人間を凌駕するほど発達することはないのか? と問われると、有識者によって、その見解は大きく異なります。その中で、飛躍的に発達すると見る代表格は、アメリカの未来学者レイ・カーツワイル氏です。

 カーツワイル氏は、コンピューターの性能が18~24カ月で倍増していくとする「ムーアの法則」(上図参照)を拡張させて、人間のような意思や感情を持った「汎用人工知能」が出現する「シンギュラリティ(技術的特異点)」が2045年には到来すると予測しました。この予測を、著書『The Singularity Is Near‐When Humans Transcend Biology(シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき)』(2005年)で著しましたが、当時はほとんどの研究者がこれに否定的な見解を示しました。

 しかし、前述した通り、当分は難しいとされた囲碁やポーカーで人間に勝つ戦略を作り出せる人工知能が出現したように、コンピューター、人工知能の発展は予想を超えた早さで進んでおり、カーツワイル氏の予測もあながちあり得なくはないと考える研究者も増えているようです。ただし、これが 現実のものとなるには今後もコンピューターが発展し続けなければならないのですが、この予測の起点ともなった「ムーアの法則」がそもそも限界に達しているとの指摘もあります。

 確かに個々のCPUの性能は限界にきているのかもしれません。コンピューターの性能は単体のCPUだけで決まるものではなく、今では複数のCPU(コアと呼ばれることもある)を搭載し、それらを連携させることでコンピューター全体の性能を向上させることが当たり前になっています。また、量子力学の現象を利用して超並列計算を実行可能にする量子コンピューターの実用化も間近に迫っています。いずれにしても、そこで求められるのはソフトウェアとハードウェア、それらを統合するアーキテクチャーの発達です。日本ではソフトウェアの人工知能に目が向きがちですが、人工知能の発展にはハードウェア、アーキテクチャーの発展が欠かせません。実際にシンギュラリティが2045年に到来するかどうかは分かりませんが、人工知能の進化を見通す上では、ソフトウェアの人工知能に限らず、それを動かすハードウェア、そして、アーキテクチャーの発展にも、ぜひ注視してもらいたいと考えています。

 また、もう一つ注目していただきたいのがロボットです。これまでは産業用ロボットのように、決められたことを正確に休まず繰り返す存在でした。しかし近年、ペットロボットのAibo(アイボ)やお掃除ロボットのRoomba(ルンバ)のように、ある程度勝手に動くロボットが私たちの身近なところで活躍し始めています。人工知能がロボットの自律性を司っているわけです。知能をもったロボット、あるいは身体をもった人工知能の進化も目が離せません。

 

人工知能研究の隆盛とともに
重要視されるデータ

ディサーナで「熊本で何が不足しているか?」を分析した例

対災害SNS情報分析システム DISAANA
(出典:情報通信研究機構 [NICT] )

 人工知能の活用が進むことで、企業の生産効率が高まり、社会の諸問題が解決に導かれることが期待されています。ですが、そのためには人工知能に解析させるデータが必要になります。
 すでにインターネットにつながっているものならば、得られたデータをストレージに蓄積して、解析に利用することができます。しかし、私たちの身の回りにある機器が必ずしもインターネットにつながっているわけではありません。そうした機器を人工知能で効率的に運用するには、何らかのセンサーを取り付けてデータを得る必要があります。近年、さまざまな「物」をインターネットに接続する「IoT:Internet of Things(物のインターネット)」が盛んに論じられているのも、人工知能の発達を背景にしたデータが重要視されていることに関係しています。

       

 また、すでに蓄積されていながら未利用になっているデータの有効活用も進めていかなければなりません。その点で情報通信研究機構(NICT)の研究グループが開発した対災害SNS情報分析システム「DISAANA(ディサーナ)」は、ツイッターに書き込まれた災害関連ツイートを利用しているため注目に値します(上写真参照)。

       

 大規模な自然災害が発生すると情報が錯綜してしまい、救援物資を送ろうにも、どこで何が不足しているのか、把握するのが簡単ではなくなります。ただ、今の時代、スマートフォンなどの情報端末が使えれば、被災者は何らかの情報を発信でき、ツイッターには災害に関する膨大な情報が寄せられているはずです。そうした災害関連ツィートを、ディサーナは抽出するシステムです。位置情報を加味して地図上にポイントを示せるため、被災地の状況を把握する上で有効です。
 ツイッターという既存のビッグデータを活用したという点で、NICTの取り組みは興味深く、今後、同様の活用は増えていくかもしれません。

社会をより良くする存在に
なるために必要なこと

ポートレート2

 近年、国際的な人工知能の学会に参加していると、「AI For Social good」という言葉を頻繁に耳にするようになっています。これは端的に言いますと、社会をより良くすることに人工知能を活用しようという動きのことです。例えば、日々の生活習慣や身体の状態をセンシングして、得られたビッグデータから健康増進に役立つ知見を得ようといった取り組みが推奨されるようになっているのです。

 こうした社会に貢献する応用が進めば、人工知能に対して印象もネガティブなものからポジティブなものへと変化していくと期待されます。しかし、社会に貢献する人工知能であっても、万人に受け入れられるとは限らないということを、併せて意識しておくのも大切です。

 最近の例では、COVID 19パンデミックに対応した接触追跡システムが、感染の防止・抑制に大きな成果を挙げました。日本でもAppleとGoogleとが協力したことで話題になった「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」が 2020年6月に厚生労働省から提供されました。しかし、期待されたほどの成果は、これまでのところ残念ながら得られていません。

 理由の一つは、セキュリティーの懸念、特に利用者のプライバシーに対する配慮です。COCOAは、位置情報を重要な個人情報と考え、代わりにBluetoothによる接触把握方法を採用しました。そのため、どこで接触したかは利用者の記憶任せです。一方、大きな成果をあげた諸外国は、位置情報や電話番号などの個人情報を使うことで、移動経路を追跡し、感染者と接触のあった個人に具体的に注意を喚起します。
 いわば、プライバシーを犠牲にして成果を上げたわけです。また、アプリの普及率も大きな条件です。COCOAの場合や、感染者と接触者のどちらもアプリを正しくインストールしていないと機能しません。厚生労働省の発表では2021年9月時点で3000万ダウンロードを達成していますが、実は、アプリの通知設定や、陽性判定の報告の際の処理番号の登録も、利用者に任されているため想定通りに運用されているか疑問が残ります。

 ここから見えてくる課題として「トラスト(信頼)」があります。信頼というと、これまで対人関係に関わるものとして、社会学や心理学、哲学、経済学など人文社会科学で扱うテーマでした。しかし、COCOAの例に見るように、アプリそのものに対するトラストのみならず、アプリの開発者、運営者、提供するデータなど、さまざまな対象に対するトラストがなければ、利用者は安心してアプリを使い続けることはできません。
 その意味では、対「人」に加え、対「AI」、対「システム」、対「データ」のトラストの確保が必須になってきます。トラストは今や人文社会科学だけでなく、情報科学全般で扱うべき重要なテーマといえます。私の所属する科学技術振興機構でも2020年度から「信頼されるAI」を目標とした研究開発が始まりました。

 人工知能は社会をより良くする存在になれるか? この問いに対する私の答えはYESです。しかし、同時に「より悪くする」存在にもなれることを考えると、何かが必要です。その何かに当たるものの一つがトラストであると考えています。人々が人工知能のアルゴリズムやシステムを安心して使うためには文字通り「信頼される」AIが必要なのではないでしょうか。また、論理的には社会に貢献することとはいえ、トラストが人の感情に根付くものである限り、それを良しとしない人が必ずいることを、これからコンピューターや人工知能の開発に関わる方は理解し、人間に対しても技術に対しても謙虚さを忘れないでほしいと思います。

第6回「人工知能」 テーマ監修

茂木 強(もてぎ つよし)
国立研究開発法人
科学技術振興機構
研究開発戦略センター
システム・情報科学ユニット フェロー
京都大学理学部卒。三菱電機株式会社に入社、計算機製作所にてプログラミング言語処理系を開発後、情報技術総合研究所にて情報システム技術部門を統括。2012年からは科学技術振興機構 研究開発戦略センターにて、システム・情報科学技術分野に関する調査分析、戦略立案に従事し、現在に至る。米国スタンフォード大学大学院計算機科学科卒業。
茂木 強(もてぎ つよし)

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