日本経済新聞 連動特集 新卒採用広告特集 企業から学生へのメッセージ

育て、育つの時代 インタビュー 
青山学院大学 陸上競技部長距離ブロック監督 原 晋さん

人的資本経営といい「人財」という。世のリーダーたちが一様に腐心する課題について2024年1月、第100回箱根駅伝で2年ぶり7度目の総合優勝を果たした青山学院大学の原晋監督に聞くことができた。その言葉から、本特集で考えてきた「育て、育つ」の道として浮かび上がってきたのは、丁寧な観察・説明で「育てる」心と、自分のパーパス(存在意義)といえる大義を立て、足元の成長を逆算して「育つ」意識の大切さだった。

「観察」「説明」で指導
成長への挑戦、大義から逆算で

育てる 絶対値×確率

今年の2区の2年生起用など「原采配」は毎年話題になります。

「花の2区」が注目されがちですが、それぞれに適した活躍の場があるんです。1区なら、いきなりガンガン飛ばす学校がいても離されちゃったらダメで、どんな展開でも気持ちを切らず、ライバル校と30秒前後の差でたすきをつなぐ。坂に強いなら2区、ハイペースで走る選手は3区とか、最大のパフォーマンスを発揮できる配置を直前まで考えます。

確かにこんな考え方は他大学にあまりないかもしれませんね。駅伝には昔から、修行僧みたいに「がむしゃらに練習していればよし」「とにかく速く走れ」みたいなのがあって……。気温や風向き、コースのアップダウンのような外的要因の影響が大きいのが駅伝で、距離も長い。常にシミュレーションをして、状況に応じた戦略で戦いたいんですよ。

若者を育てるために何を意識していますか。

企業の管理職にも通じるでしょうが、選手や部下の能力を正しく評価するには管理・監督に加えて「観察」が重要です。日ごろから練習や目標管理ミーティングで選手の様子には目を向けていますが、私は特に、ゴールを切った瞬間の仕草を注視しています。余力があるかどうか、表情から得られる情報も大切です。

能力は絶対値と確率の掛け算だと考えています。駅伝なら走るスピード、つまり絶対値はもちろん、いかなる状況でもそれを発揮できるかどうかという確実性、確率も重要です。その双方を高める指導が必要になります。僕は、個々の能力と個性を「観察」し、どの場面で生かせるのか常に考えていますね。

若い世代と付き合う秘訣は何でしょう。

「黙ってついてこい」で背中を見せるってのはもう通らない。Z世代なんて周囲がつくった呼称ですが、彼らに共通の特徴はあります。親世代がきちんとしていて、教育も受けてきた。みんな真面目ですよ。成長意欲もある。ただそれゆえに自分の殻を破りにくい。彼らが挑戦するには「説明」がすごく大切なんです。目標や過程を言葉にして体系的に伝え、納得感を持ってもらうんです。

選手には練習も生活も「自分で考える」よう促します。企業なら小さな仕事でいい、責任を持って一から十まで成し遂げさせる。これから管理者・指導者はそれを問われるんじゃないですか?

育つ 半歩先 目指せ

ご自身の成長を感じたのはどんな場面でしたか。

大学卒業後、サラリーマンとして営業もしていて、本社が作るマニュアルが回ってくる。分かるでしょ?通り一遍のやつ(笑)。担当企業にそぐわない点もあるし「こりゃ売れないかもな」って、独自に提案書を作っちゃった。「生意気だ」っていう人もいましたよ。でも上司は「責任は持つから自由にやれ」と任せてくれた。ルールや作戦を考えるのは子どものころから好きだったから、与えられたことをやるだけじゃない働き方は組織にとって重要なんだと実感した経験です。

監督としては失敗で学んだ感覚ですね。就任3年目だったか、世界の一流アスリートの練習メニューを採用したら、全然成果が出なかった。練習時間を増やせば選手の力はある程度上がりますが、故障のリスクも高まる。個々に応じたオーダーメードの目標設定が効果的だと気づかされましたね。

就職活動では何をアピールしたのですか。

私はスポーツで就職したので、大学の時に就活はしていないんです。自己PRというなら監督の採用面接ですかね。

その時は、まず日本の陸上文化である駅伝の人気を高めたいという大義、企業でいえばブランディングやパーパス(存在意義)を説明しました。そこからバックキャスティングして、レースに勝ち、良い選手を加入させないといけない。それにはこんな指導メソッドと5年、10年後の成長ビジョンが求められる。そんなふうに語ったのを覚えています。

若者へメッセージをお願いします。

チャレンジ精神を持ってほしい、ということに尽きますね。挑戦も単なる思いつきじゃなく、自分の目指す大義から逆算したものじゃないといけない。組織も大義や理念があり、その実現へ行動指針、ビジョンがあり、それを年や月ごとの目標に落とし込んで道筋を描いていく。一方で個人の目標は実現可能なラインの「半歩先」に置く。能力の底上げには、それがとても有効なんです。

大学の授業で学生を見ていると、そつない言葉でまとめるのは皆うまいんです。でもいま一つ、迫力というか、その子だけの思い、みたいなのがないな、と感じちゃう。大義へ筋道を考え、時に軌道修正しつつ挑戦を続ける。そんな実体験をいっぱいしてほしいですね。

PROFILE

はら・すすむ

1989(平成元)年中京大卒、中国電力へ。中学時代から陸上部に所属、全日本実業団駅伝出場などを経て現役引退後、2004年同社退職、現職に。箱根駅伝ではチームを計7度の優勝(うち4連覇含む)に導く。19年から青山学院大学 地球社会共生学部教授として教壇に立つ。
広島県三原市出身。56歳

企画・制作=日本経済新聞社Nブランドスタジオ

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