これまで断り続けてきた海外での酒蔵づくり 今回のニューヨーク州での酒蔵づくり。何がすごいかというと、まず、志がすごいんです。海外でも人気のある日本酒を製造・販売している旭酒造のもとには、これまでも海外の様々な国や企業から「酒蔵をつくってほしい」というオファーがあったそうです。なかには、「必要なお金は全部出すから、ぜひ、うちで」と言ってくれる国もあったのだとか。しかし、旭酒造の経営陣は首を縦には振りません。では、なぜ今回は挑戦に踏み切ったのでしょうか。 「今回の話は、ニューヨーク州にはある“世界一の料理大学”と呼ばれるCIAからオファーが届きました。世界中の料理人や料理ジャーナリストが注目する場所だからこそ、ここで、おいしい日本酒をつくることができれば、日本食に合う日本酒ではなく、まったく新しい食文化をつくり、世界中に発信できるかもしれないと思ったのです」 単に“海外に酒蔵をつくる”という挑戦ではなく、“新しい食文化をつくる”という挑戦だから受けたということ。しかも、さらに詳しく話を聞くと、「旭酒造は常に挑戦し、失敗しながら、成長してきた会社。新しく入ってくる社員のためにも、そうした失敗ができる機会を用意してあげたい」と言うのです。
自分たちのライバルを、自分たちでつくる。 失敗は、挑戦の証。失敗を乗り越えることで、人も会社も成長できることを知っている旭酒造。桜井社長は「環境も文化も異なるニューヨーク州で、日本と同じ獺祭をつくる気は最初からありませんでした。むしろ、自分たち自身で“獺祭のライバルをつくる”という新しい挑戦をしようと思ったのです。だから、新しいブランド名は“DASSAI BLUE”。“青は藍より出(い)でて藍より青し”のことわざに由来し、国産の獺祭を超えるという思いを込めたのです」と話してくれました。おお、世界中にファンのいる獺祭のライバルを、自分たちでつくろうという姿勢がしびれます。しかも、社員に失敗ができる場を用意したいという懐の大きさにも驚かされます。ただ、桜井社長はその挑戦が「地獄への第一歩だったね」とも笑いながら話してくれました。 「想定外の出来事の連続でした。建設予定地として取得した場所が、ルーズベルト元大統領の実家の斜め前だとわかり、景観に考慮するため酒蔵の建設費用が約4倍にふくれ上がったり、そもそもビジネスや仕事に対する考え方も異なるため、現地で採用したスタッフが意図どおり動いてくれなかったり…。私たちの会社には失敗を受け入れる風土があるとはいえ、苦労の連続でした」 失敗や苦労の話をしているのに、どこか楽しそうな桜井社長。その目はまさに、“新しい食文化をつくる”という壮大なゴールを目指す冒険家のような目をしています。
交わりながら、変化し続けていく。 そして、桜井社長との話は、酒蔵から新しい酒づくりへと進んでいきました。「今回、日本から連れて行ったのは3名。初代蔵長をはじめ、旭酒造のドリームチームを組んで挑みました。でも、それだけでうまい酒ができるほど、酒づくりは甘いものじゃない。新しい環境での酒づくりは試行錯誤の連続でした」とのこと。でも、この話をする時も桜井社長は楽しそうです。「何事もやってみないと気づかないし、新しい環境や人と交わりながら変化し続けていくのが、うちの会社のやり方。10年前の“獺祭”と現在の“獺祭”では味も作り方も大きく進化しているのです」。むむ、通常、日本酒に代表されるような伝統の味や技術は守り続けるものとばかり思っていましたが、そこに、失敗を恐れない挑戦だけでなく、交わりながら変化し続けていくという考え方もあったとは!なんだか、酒づくりのポイントというより、人生の大切なことを教わっている気もしてきました。「だから、DASSAI BLUEは欧米文化と交わりながら、おそらく独自の進化を遂げていくと思います」と桜井社長。「でも、“うまい酒をつくる”という魂の部分だけは絶対に変えるつもりはありませんけどね」と話してくれました。
うまい酒は、国境や文化を超える。 そして、2023年9月。数えきれないほどの試行錯誤をくり返し、海外初となる酒蔵がオープン。DASSAI BLUEのお披露目が行われました。この時の気持ちを桜井社長に聞くと、「うまい酒は、国境や文化を超えるよね。自分たち自身が本気で“うまい”と思える日本酒をつくって、その酒を飲んだ人が笑顔になってくれる。おかわりをしてくれる。最高の瞬間だよね」とうれしそうに答えてくれました。とはいえ、まだ壮大な挑戦のスタートラインに立ったばかりだと語る桜井社長。「ワインのように、もっと当たり前にどんな料理とも合わせられる日本酒、いや“SAKE”をつくり、新しい食文化をつくっていきたい。その第一歩をようやく踏み出せたところです」。 最後に、桜井社長に現在、就職活動真っ最中の学生に対して、“新しい第一歩はどうやって踏み出せばいいですか?”と尋ねると、「面白いか、面白くないかに尽きるんじゃないかな。面白いと思えることなら、少々大変なことがあっても乗り越えられるし。でも、最初から自信を持ってこれが面白いなんて思えることは少ないから、面白そうかも…という程度から試しながら徐々にハマっていくといいと思う。それが、日本酒づくりだったら、なおさらうれしいけどね」と笑顔で答えてくれました。