アイドル好きで、アイドルになりたいオタクが、アイドルになるチャンスを蹴った話

アイドルオーディションの結果は、不合格。
忘れたころにきた「アイドルやってみない?」の連絡。
まるで映画のワンシーンのような連絡から全てが始まった。

私は昔から、無類のアイドル好きだ。
男女どちらのアイドルも好きで、あのキラキラした存在に釘付けの日々。
何万人もの人を熱狂させる。あんなふうに輝けたら、と何度も憧れた。
だから私は、一度だけ事務所Zのアイドルのオーディションを受けた。
ダンス未経験、スタイルが特段いいわけでも、ずば抜けた可愛さがあるわけでもない私は当たり前に不合格だった。
数週間後、その事務所Zから連絡がきた。

「最終選考まで残って結果は不合格だったけど、手放すのは惜しいなと思って。
アイドルやってみない?」

事務所に所属してレッスンを受け、一年以内のデビューを目指す。
つまり、アイドルになれる可能性があるということだった。
アイドルを見ては「どうしてこんなに輝いているんだろう」と思ってきた。
自分もあのステージに立てたら、どんなにいいだろう。
そう思ったことは、一度や二度ではない。
だからこそ、その話をもらったときはたまらなくうれしかった。
「こんな自分がアイドルなんて」という戸惑いはあった。
それ以上に、「アイドルになれる」ということが夢のようだった。

でも、すぐに現実が見えてきた。
理由は、いくつかあった。
ひとつは、アイドルになるという選択をすることで、他の選択肢を失う可能性が大きくあったから。
具体的には、教員になるという選択肢。現時点でなりたいかは曖昧だが、将来の選択肢として残しておきたかった。
普通の大学生活を送るという選択肢。友達と旅行に行ったり、バイトをしたり、本気で興味のある分野を研究する、そんな大学生しかできない時間もアイドルを始めれば送れなくなるだろう。

他には、親にもまだ「アイドルになりたい」なんて話したことがなく、きっと反対されるだろうと思ったから。
所属したからといってデビューできる保証も、売れる保証もないことも。
さらに、所属には費用がかかる。
約25万円。今のバイトの収入で生活を成り立たせる大学生の私にとって、簡単に出せる金額ではなかった。
現実を考えるたび、所属に踏み込む勢いは少しずつ削がれていった。

それでも、心のどこかで思っていた。
アイドルは好きだ。
アイドルになりたい。
こんなチャンスは、もう二度とないかもしれない。
「あのときやっておけばよかった」と後悔するのは嫌。
やるべきか、やめるべきか。

事務所からは「いつから活動始める?」「今しかできない経験だと思うよ」と
葛藤する私に追い打ちをかけるように連絡が来た。
実際に事務所に行って、レッスンを見たり所属後の話も聞いた。

時間が経てば経つほど、夢と現実の間で私は決断できなくなった。
結局、5か月も悩んだ。

5か月目に突入したある日、変化があった。
新しく好きになったアイドルができた。
長年推してきたK君というアイドルがいる。
そこに加えて、同じ事務所Xの別のグループのA君とB君を好きになった。
この2人を好きになったことで、
自分がなぜアイドルになる決断をできないのか。
その理由が、はっきりわかった。

私が好きなアイドルたちは、ライブをして、テレビに出て、ラジオをして、雑誌に載って、ドラマや映画・舞台にも出演している。
パフォーマンスは目が離せなくなるほど魅力的で、ステージの上に立つ姿には圧倒的な存在感がある。
そして何より、距離が遠い。
すぐに会えるわけではない。
ファン一人ひとりに近づいて会話する機会もほとんどない。
名前を呼んでもらったり、手書きのメッセージをもらったりすることもない。
それでも、いや、だからこそ私は惹かれる。
ステージの上で輝くその姿を見て、
「すごい」と思う。
「尊敬する」と思う。
「こんなふうになりたい」と思う。
たとえ恋愛感情のような気持ちを抱くことがあっても、その根底にあるのは
尊敬と崇拝だ。
そして同時に、残酷な事実にも気づかされる。
この人たちは、
自分には到底届かない存在だ。
でも、その遠さこそが、私にとっての「アイドル」だった。

一方で、日本の女性アイドルの中には、少し違う形でファンとの関係を作るグループもよく見られる。
ファンとの距離が近く、直接会える機会が多い。
事務所Zは、この売り出し方をしていた。
ライブ後に一人ひとりと交流したり、オンライン特典会で名前を呼んだり、手書きのメッセージを書いたりする。
そこでは、まるで恋人のような距離感が生まれる。
「もしかしたら自分にも手が届くかもしれない」と思わせる近さ。
それは決して悪いことではない。
むしろファンにとっては、とても幸せな体験だと思う。
ただ、私はそこに違和感を覚えてしまった。
その距離の近さは、「女性であること」を前提にした売り方に見えた。
かわいい仕草や恋人のようなやり取り、
ファンとの疑似的な関係性。
それはアイドル文化の一つの形ではある。
でも私は、その形に自分を重ねることがどうしてもできなかった。

そしてもう一つ思ったことがある。
それは、「女性だからそうなる」とは限らないということだ。
海外の女性アイドルグループを見ていると、
ステージに立った瞬間、そこにあるのは「女の子らしさ」というよりも圧倒的なプロのパフォーマンスだと感じることがある。
恋人のような距離感よりも、
「かっこいい」「すごい」という感情が先に来る。
性別よりも先に、プロとしての輝きが見える。

それを見て、私ははっきり気づいた。
もし自分がアイドルになるなら、その形でいたい。
ファンと疑似恋愛のような関係を作るアイドルではなく、
ステージで圧倒するアイドル。
かわいい女の子として見られるのではなく、
パフォーマーとして尊敬される存在。
私が憧れていたのは、
手が届きそうなアイドルではなく、
手が届かないほど輝いている存在だった。

現実的な面でも、思うことがあった。
それは、アイドルのその先の未来だ。
私の推している男性アイドルたちは、ライブだけではなく、ドラマや映画、舞台、バラエティーなどさまざまな分野で活躍している。
アイドルとして活動している間から、将来につながる仕事をしている。
だからこそ、年齢を重ねても活躍し続けることができる。
一方で、事務所Zのアイドルはライブが中心で、卒業後の進路が見えにくい。
アイドル時代から、モデルとして活躍する人はいる。
でも、テレビ、映画やドラマ、舞台に出演することはめったにない。
アイドルの賞味期限は短いと言われる。
特に女性アイドルは、20代が最盛期というイメージも強い。
だからこそ、アイドル時代からその先の未来を考えることが大切だと思った。

そして私は、決断した。
アイドルになる話を断った。
夢を諦めたというよりも、
自分の価値観を知ったという方が近いかもしれない。
私はアイドルになりたかった。
でも「どんなアイドルでもいい」わけじゃなかった。
女性として売られるアイドルではなく、
恋人のような距離感を売るアイドルでもなく、
性別に関係なく尊敬される。
将来も見据えて活動している。
それが私にとってのプロのアイドル。
ステージに立つだけで空気を変えるような存在。
圧倒的なパフォーマンスで人を魅了する存在。
私が憧れていたのは、そんなアイドルだった。

結局、私はアイドルにはならなかった。
でも、あの5か月の葛藤があったからこそ、ひとつだけはっきりわかったことがある。
私が好きなのは、「アイドル」。
だけど、ただアイドルが好きなのではない。
私が好きなのは、「誰かを圧倒する、プロの輝き」だった。

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