楽しむための根性論

「根性」
この言葉を辞書で引いてみると、次のように書いてあります。
①その人の根本的な性質
②困難にもくじけない強い性質

この記事を書くにあたって、温めすぎというくらい“根性”について考えました。
根性の定義に始まり、私が根性を好きな理由、社会的な視点から見る根性など—。
これまでにないほど「根性とは何か?」を明確に言葉にしようと模索しました。

けれど、出た結論はこうです。
「根性って意外と必要。でも、その捉え方は人の数だけある。」

一見すると答えが出なかったように見えるかもしれません。
でも私は、「根性は置かれた立場や状況によって姿を変えるもの」だと気づきました。

そして今回、私がたどり着いたテーマは「楽しむための根性」 です。

楽しむための根性とは、言い換えれば令和版の根性論。
根性と聞くと“我慢”や“忍耐”と言った言葉が思い浮かぶかもしれませんが、
今回のテーマで書くお話とは少し違います。
私の考える今の根性を丁寧に表現すると、「楽しく生きるために、気づいたらそっと支えてくれているもの」。
そんな日常に溶け込むような存在です。

少し想像してみてください。
人は何のために頑張るのでしょうか。
いや、何のためになら頑張ることができるのでしょうか。

成し遂げたい目標のため、実現したい夢のため、人生をより良くしたいという気持ちのため。
その努力が実を結ぶとき、人は「楽しい」「やってよかった」と感じます。

例えば、
夏の甲子園で戦う高校球児は、優勝という目標のために高校生活のほとんどを捧げます。
オーディション番組の練習生たちは、デビューの夢を叶えるために寝る間も惜しんで努力します。
こうして見てみると、人は誰しも“好きなもの”や“なりたい姿”のためになら頑張ることができるのではないでしょうか。
逆に、その“道しるべ”がなければ、努力を続けるのは難しいのかもしれません。

だからこそ私は思います。
そこにこそ、「楽しむための根性」が存在しているのだと。

“叶える”“実現する”には、それ相応の努力や挑戦が必要になります。
でもそれを支えているのは、実は「楽しい」という原動力です。

「好きなことのためなら少しくらい我慢できる」
「この目標のためなら苦手なことにも挑戦してみよう」

そう思えたとき、あなたはもう“楽しむための根性”を発揮しているのです。

この考えをもう少し確かめたくて、私は身近な人たちに「根性とは?」を聞いてみました。

Aさん(30歳・社会人)
「大人になるとね、よくわからない会議に30分だけ出なきゃいけないことがたくさんあるの。その時間で企画書も書けるのになって思うけど、仕事という大きな枠で見たらこの30分も大切。結局、仕事が好きならよくわからない会議も耐えられちゃう。
そういうちょっとした“耐え”が根性なのかもね。」

Bさん(21歳・大学生)
「根性って、芯がある人のイメージ。 スポーツでも勉強でも、自分のやりたいことのために少し無理してでも続ける感じ。
“我慢”じゃなくて、“通り道としての努力”って感じが近いかも。
好きなことをやっている人って、自然と根性あるよね。」

2人の言葉から見えてくるのは、
根性は“耐える”ためのものではなく、“好き”を守るための力だということ。
私はそんな「楽しいことを続けるための根性」を素敵だなと思うのです。

ここまでで、私がなんとか導いた根性のニュアンスを現代にも確かに存在していることを感じていただけたのではないでしょうか。

では最後に、私なりに見つけた“楽しむための根性”のコツを少しだけ。

それは 「自分の“好き”を見逃さないこと」 です。

根性というと、歯を食いしばって耐えるイメージがありますが、
“楽しむための根性”はもう少し軽やかでいい。

たとえば、
・苦手な作業の中にも「これだけは得意かも」と思える部分を見つける。
・誰かの「頑張ってるね」に素直にうれしくなる。
・今日の自分にちょっと誇れる瞬間を見つけて、心の中で「よし」とつぶやく。

そんな小さな“好き”や“楽しい”を
日記に書いたり、誰かに話したりして丁寧に拾っていくと、
自然と続ける力、つまり“根性”が育っていきます。

頑張るために理由を探すのではなく、
「好き」や「楽しい」を支えるために少しだけ踏ん張る。

すぐに変化が訪れるわけではないかもしれないけど、
必ず「これって根性って言えるのかも」
と振り返ることのできる何かが身についているでしょう。

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