過去の辛い出来事が忘れられない
自己形成に歪みを生じさせた過去に絶望し、
今を楽しく生きることに引け目を感じてしまう
不幸には色気があるように思えてなりません。
過去の不幸はあなたを誘惑し、
さも今の不幸の原因であるかのような
振る舞いをする。
依存させようとさえしてくるでしょう。
不幸に慣れ、そこがまるで
あなたの帰るべき場所であるかのような、
そんな鈍い安心感につい
今の自分のルーツを見出したくなってしまう。
でも実はね、
過去の出来事は物語。
思い出すたびに脚色が加えられる
小説のようなもの。
そこから学ぶことはできるけれど、
その小説の続きを
あなたが生きることはできないように、
過去の不幸は
今のあなたを縛りつけるものでは
決してないのです。
過去の辛い出来事に原因を求める
あなたのその行為こそが、
今に不幸を招き入れる原因だと私は思います。
そして最大の不幸は、
過去に目が奪われるあまり
今ある幸せを取りこぼしてしまうこと。
気づかないふりをしないで。
幸せはずっと前から、
あなたが生まれてきたその瞬間から
絶え間なく
あなたの手を引いているのです。
あなたが本当に今の、未来の幸せを望むのなら、
がむしゃらに“今”を生きてください。
過去に原因を求めないで。
今、目の前にある幸せを
「未来のため!」と後回しにしないでください。
未来の幸せは未来計画では保証されません。
あなたは今しか生きられないのだから、
今を幸せに生きるほかないでしょう?
失敗したとしても大丈夫。
死なない限り人生どうにでもなります。
おそらく、そうゆうようになっています。
ただ、人は突然の事故や病気で
いつ死んでしまうか分かりません。
これを読んでいるあなたは
「何あたりまえのことを言っているんだ」
と思っているかもしれませんね。
でも、改めてその意味を考えてほしいのです。
人はいつ死ぬか分かりません。
それはあなたも、今隣にいるひとも同じです。
もし明日死んでしまっても
後悔のない人生を送っていますか。
もしそうでないのなら、
“今”
好きなことをして生きてください。
会いたいひとに会ってください。
そして、少し面はゆいかもしれませんが
「ありがとう」とか「大好き」とか
できるだけ口にするようにしてみてください。
最後に…
辛い過去は重厚な物語。
何にも代えがたい、あなただけの大切なもの。
あなたはそれを今、手に携えています。
あなたが
今を幸せに生きるためにそれを読み込むとき
最もあなたに寄り添った助言を得られ、
また、それを頭上に掲げれば
今しばらくの雨を凌いでくれることでしょう。
そしてもし、
人生を形あるものとして
表すことができるのなら、
きっと本棚のような形かなと私は思います。
あなたは今、“今のあなた”を生き
次の瞬間、もうそれは
あなたとは切り離された刹那的な物語へ変化して
そこに並べられる。
そしてあなたは真っ新なあなたで、
また今を生きるのです。
それを繰り返していくことが、
“生きる“ということのように思います。
あなたが幸せに生きられますように。
それでは、次の記事でお会いしましょう。
またね。
