海外ひとり旅行のすゝめ

hey guys!

とまぁ、意気揚々に挨拶をしてみたけど、なんかスベってる気がするぞ。
こんにちは、学生編集部2期生ライターのミハル(半角カタカナは私のこだわり)です。
趣味は、ネトフリ漁ったり、音楽を聞いたり、観劇したり、美術館に行ったり、古着屋を巡ったり、踊ってみたり、惰眠を貪ったり…。なんとなくいろんなカルチャーに片足だけ浸かってる系女子大生です。

さてさて、今回の記事のテーマは「海外ひとり旅行のすゝめ」
「記事テーマ=旅」が世の中に飽和しまくっている中で、旅関連の記事を書く勇気を讃えて欲しいものです。

でも、本題に入る前に一点いいですか?
海外一人旅ではなく、海外”ひとり旅行”です。
「一人旅」っていうと、なんとなくアウトドアでアクティブでワイルドでエネルギッシュなイメージがありますが、実際の私は、そんな想像とはかけ離れています。
どちらかといえばインドア派、頑張ればアクティブになれるけど、日焼け、ヤダ、ゼッタイなタイプの人間です。

言葉一つ、表記一つで与える印象もガラッと変わります。
「一人旅」がスパイスの効いた辛口カレーだとしたら、「ひとり旅行」は甘口のバーモントカレーみたいな。なんとなく、わかるよね…?

はじめてのひとり旅行

私の初めてのひとり旅行の舞台は、
永遠の都、ローマ。
マルタへの留学中にせっかくならと格安航空券を手に入れてリュック一つで空港に向かった。
ローマは、誰もが一度は行きたい都市だと思う。
あのオードリーヘップバーンも銀幕の中で、「By all means, Rome (なんといってもローマだ)」と言っているくらいなのだ。

二泊三日の週末旅行。
フライトの関係で、ローマの観光時間をあまり取れなかった私は、ChatGPTと一緒に予定を立てて、朝7時に宿を出るところから始まった。
土曜の夜をくぐり抜けた日曜の朝のローマの道は、さながら早朝の渋谷のセンター街を煮詰めたような冷たさと酸っぱさをはらんでいた。
Googleマップが示すのは、泊まっているホステルからサン・ピエトロ大聖堂までの徒歩30分の道のり。サジェストされたルートは、ローマの地図の上を複雑なあみだくじのように走っていた。
角を何度も曲がり、群がるカラスと、時折見えるホームレスの人影に怯えながら、おぼつかない足取りで石畳をたどった。不安で押しつぶされそうになりながら、「ここは渋谷…ここは新宿…」と自分の見知った土地の名前を言い聞かせ続けた。やっと裏路地を抜け、朝ジョギングする人を見て、あれほど安心したことはない。

やっと大聖堂に着いたら、なんとその日はミサがあって昼まで入れないんだと。がーん(日曜だしそうだよね、ChatGPTに任せちゃダメだね、でも、他にも同じように間違えていそうなヨーロッパ系の人もいたから許して(?))。
気を取り直して、コロッセオに向かう。日も昇り、人も増え、朝の冷たい空気からだんだんと街が活気づく。
気分も上昇しウキウキで歩き始めるが、ローマの治安を舐めてはいけない。普段日本の中で、ぬくぬくと平和ボケしているが、いかにも観光客のアジア人の女の子が一人、街を歩いていたら、文字通り、いろんな人が近づいてくる。私の目の前で一人の男性が物売りと揉めていた。
これが”スタンダード”なのだと突きつけられた。
メンタル激よわな私は、スリ多発で有名なローマの地下鉄には乗るまいと、ほとんど徒歩での観光を決めた(最終的に歩きすぎて帰りのバス内で、疲労により吐くことになる)。

その夜、ローマの活気の中、テヴェレ川にかかる橋の上で、ジャズセッションを陽気な気分で聴いていた。すると、近くを通りかかった男性がニコッと微笑みかけてきた。一瞬身構えつつも、サックスの音色に酔いしれていたし、笑顔の返報性もあってか、彼に向かって笑顔で手を振った。
そこからどのようにして会話がスタートしたか覚えていないが、ライトアップされたパンテオンを一緒に見に行かないかという誘いに乗り、一緒に歩いていた。 聞くと、アリゾナから夫婦で旅行に来たらしい。奥さんはアメリカで移民の子供たちのための英語教師をしているらしく、私の発展途上の英語も、自身の生徒を見るような優しい面持ちで聞いてくれた。
一通り会話を楽しんでいると、クリスマスツリーのオーナメントを置いたギフトショップがあり、一緒に中を見ることにした。「これも素敵、あれも可愛い」と話していると、「一緒に買ってあげるから、どれでも好きなものを選んで」と言われた。最初は申し訳ないと断ったが、何度かキャッチボールを繰り返し、結局彼らの厚意に預かることにした。
そして別れ際、会えて良かったと、ハグをしてそのご夫婦と別れ、パンテオンを後にした。

ひとりだからこそ

一人って不安。
わからないことだらけになると不安よね。でも、それって逆にチャンスかも?って無理にでも捉えてみるの。
ローマの空港に降り立ったとき、人の流れに合わせて歩いていたらいつの間にか併設の駐車場の方まで行っていた。ホステルに向かうための電車に乗る場所への表示も全然見当たらないし、どうすればいいか分からなくてとても焦った。
それでも、あやしげなタクシー勧誘をかわし、周りの人に質問して親切を受け取りながら、なんとかホステルに到着できた。

人に話しかけるときって、一番最初はやっぱり、質問する時だと思う。
それに慣れると”Hi”と自分から声をかけてみる。

一人は孤独を意味しない。
ローマの橋の上のような新しい出会いが生まれるかもしれない。
誰かと一緒に旅行をしていると、現地で他の人と関わる機会が少ないだろう。
ローマであの優しい夫妻にプレゼントしてもらったオーナメントを見て、そう確信した

ローマで見つけたもの–what I found in Rome –

テーマパークに行くと、誰にでも手を振ったり、フレンドリーになれるような雰囲気があると思う。
ローマをはじめ、私にとって海外旅行をすると、そんな世界(テーマパーク)に連れて行ってくれる。

日本ではたいていのことは慣れているし、見知らぬ人に話しかけることなど、殆ど無い私が、旅行の空気で周りが満たされると、気づいたら誰かとコミュニケーションしている。マインドセットが切り替わる。

そして、ローマで見つけた“外交的”な私は、次に降り立つ情熱の街、バルセロナの四日間をさらに濃密で発見に満ちたものにしてくれた。
レストランのカウンターで出会った人と料理をシェアしたり、写真を撮ってほしいと頼まれた人と連絡先を交換して夕飯を食べに行ったり、カフェで前に並んでいた人が一緒にチュロスを食べて街を案内してくれたり、公園で踊っている人達に私も一緒に踊りたいと声をかけてペアダンスを教えてもらったり。 ただ、家から、学校から、職場から、外を見ているだけでは成れない私がそこにはいた。

ひとりで旅行するということ

私の旅の話をすると、その感想の第一声は大抵「凄い」だったりする。褒められて嬉しくなってほくほくしちゃう。
でも、ちょっと待って。あまり「羨ましい」とは言われない。「凄い」という言葉が、プラスの意味を持つキラキラ言葉のためにあまり考えずにスルーしがちだが、かなり皮肉的に解釈すると「(私はしないけど貴方はしていて)凄い」ということだ。

実際、海外旅行には危険が伴う。
ローマの旅は本当にラッキーだったと思っている。
海外と比べて治安が良すぎて平和ボケしている日本人などカモにしか見えないだろう(それは言い過ぎか)。
それならば誰かと行った方が安全だし、それに何より、気心知れた友達や恋人と行った方が何倍も楽しいのかもしれない。

ここまで「海外ひとり旅行」について散々語っておきながら、一人が特別好きなわけでもない。
最近だと、一人焼肉、一人カラオケがブームになったり、「ソロ活」という一人時間を楽しむ人も増えてきた。でも、どれも私はまだ迎合してない。焼肉やカラオケはみんなでワイワイやりたいし、誰かと時間を共有するほうが楽しい。

それでも一人で海外に行きたいと思うのは、コミュニケーションを楽しんだり、チャレンジングな自分になれるのが楽しいから。

言語が通じない場所で、文化が異なる場所で、一人でなんとかする。いや、できる。だって、今は昔と違ってインターネットがあって、検索ひとつで情報を手に入れることができるから。

若人よ、
不安を、不便を、ひとり旅行を楽しんでみよう。

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