全てが成功する世界に生きたいと思うのか
あなたは生きていない。もう死んでいる。
誰しも生きるために苦労をしている。超えられない壁があっても、苦痛を与える存在があっても、そこに立ち向かうことで「生きていること」を実感するのではないだろうか。
大切な人が亡くなった時、その後ろで楽しそうに過ごす家族の姿が見えたりする。一生懸命頑張っても結果が残せなかった時、結果を残した誰かの笑顔が憎たらしく思えてきたりする。ただ勉強をするだけの毎日を送っていると、その間に大金を稼いで有名になった年の近い子を想像して虚しくなったりする。
私たちは、それでも一生懸命生きている。でも人生はそう甘くない。多くの困難や葛藤が聳え立つ。それはわかっている。だから、どうにか気持ちだけでも前向きに持っていきたいのに、どうしてもチラつく「幸せそうな誰かの表情」。でも時間が、お金が。何も成果が出なかったらどうしよう。一歩踏みだすつもりが、2歩3歩と後ろに下がっていき、やがては夢や理想を持たなくなってしまった。
もしあなたがそうやって多くのことを手放したことがあるのなら、それは賢明な判断かもしれない。でも、本気で生きようとする人間には見えない。
時々誰かが「私はこんなに苦しんでいるのに誰もわかってくれない」と言う。私はこう思う。あなたは誰かに苦しみをわかってもらわないと前を向こうとは思えないのか。誰かが手を差し伸べてくれない限り、その苦しい状態に甘んじて、あわよくばこの世からいなくなってしまいたいなんて思うのではないだろうか。次々やってくる困難や葛藤にうんざりしてしまう、その気持ちはよくわかる。
一度角度を変えてみよう。
みんなが成功する世界。嫉妬や羨望に溺れ自己嫌悪しなくても済むみんなが平等な世界。そんな世界、本当に幸せなのだろうか。この活動最後の記事は「The Giver」というSF作品で締めくくろうと思う。これは、私がこれからの人生をもっと自分らしく情熱をもって生きるためにも書いている。
私たちは生きるために「困難と葛藤を求めている」
全てが同一化された世界。差異のない世界。それは誰もが傷つかないよう設計されたコミュニティだった。まずこのコミュニティには色が存在しない。全てがモノクロの世界なのだ。肌の色も目の色も、着ている服の色も見えない。12歳になると、大人が「適切な」職業を割り当てる。出産をする母親も決められており、生まれてきた子供は各家庭に平等に贈られる仕組みだ。他にも多くの特徴があるがここで割愛する。ただ、とてもユニークで考えさせられるのでぜひ見て欲しいと思う。
そこにJonas(ジョナス)という少年がいた。彼は12歳の時に、「receiver(レシーバー)」という職業を割り当てられた。Receiverの役割はただ一つ。コミュニティが消し去った記憶を受け継ぐことだった。その記憶を与えるのが「Giver(ギバー)」。
記憶とは「過去、人々が感じていたあらゆる感情や自由の記憶」であった。具体的には「愛」「戦争」「喜び」「痛み」「喪失」「恐れ」「妬み」「憎悪」といった、誰かを傷つけ悲しみに陥らせる感情やそれを生み出す自由だった。
「傷つかない幸せ」、その思いで作られたコミュニティ。そのコミュニティを生きてきたJonasは理解に苦しんだ。正直、認めたくなかったはずである。人が人を殺し合い、金儲けに動物を殺していたなんて。それでも、愛や、クリスマスの讃美歌から感じ取った、生きることの喜び。そんな暖かい記憶も同時に彼の心を締め付けた。
Jonasはこのコミュニティを去ることを決意する。苦しみは私たちの生きる意志を壊そうとする。でも苦しみを感じることは決して悪いことなのではない。そう感じさせるシーンだった。大事なのは、生きる意志を壊されようとも、それを乗り越えようとする「勇気」にあるのだと私は思った。困難や葛藤を乗り越える勇気のことだ。
私たちは困難や苦しみ、苦痛があってこそ勇気を振り絞ることができる。そして勇気を持って困難に立ち向かう時に、初めて生きていると感じるのではないか。彼は「本当の意味で生きたくて」コミュニティから抜け出す決意をし、コミュニティにいる人々に真実を伝える決心をしたのだと思う。
Jonasが抜け出す直前、最後にgiverは「勇気」を伝えた。勇気が何たるかを教え、背中を押した。多くが信じていた平等な社会の幸せ、そこにこれまで人間が感じていたあらゆる感情と自由を放ち、コミュニティの秩序を壊したJonas。
「有名人もいなければ敗者も勝者もいない。差異がなければ争いが起きることもない。“恐れ”“苦痛”“妬み”“憎悪”これらの言葉は人々の記憶から消し去られた。僕がしたことを謝罪すべきかは君が決めてくれ。」
この映画を見ないとこの言葉の意味を感じ取ることは出来ない。今あなたが何かに葛藤し困難を抱えているのなら、この映画をぜひ見て欲しい。この映画はそんなあなたの背中を押して、前を向いて進む勇気を与えてくれるはず。私はそう確信している。
甘い蜜を吸い続けるか、自ら困難に立ち向かうのか
私たちは、気付かぬうちに困難や葛藤に向き合う「勇気」を捨ててしまった。努力を無駄と感じてしまったからだ。努力をしても報われない事実を知ってしまったからだ。誰かの成功が一瞬のスクロールで何個も何個も湧き出て、辛い思いは共感がないと認められないような社会になってしまった。努力をすることは、時間がかかる上、誰かからの共感や承認がないと意味をなさないものとなった。変えがたい運命のせいかもしれない。そうして多くの人が、「いつかはできる」と妄想だけを語るようになり、生きる魂を殺してしまった。
それじゃあ、甘い蜜を吸ってばかりの都合のいいやつだ。人生はビジネスではない。失敗や苦痛全て自分が受け止める必要がある。でも、それを自分がどう受け止めるのかは自由だ。転んでは這い上がって、たとえ転び続ける人生だとしてもそこに燃やした「勇気」と「努力」を見失ってはいけない。どんな困難や苦痛が襲い掛かろうとも、常に前を向いて歩いていく。それのせいでプライドに傷がつき、悔しい思いをしたとしても、あなたはそこに「生きた心地」を感じるはずだ。そうやって私たちは、生きるために困難と苦痛を味わっているのではないだろうか。
Jonasが破壊したコミュニティの秩序は、甘い蜜を吸ってばかりの優しい社会への反抗心ではなく、本当の意味で人が人を愛し、そこに裏切りや嫉妬があったとしても、信念を持って、自分を見失わないよう一生懸命前を向いて生きること。自分と向き合い続け、定められた運命であったとしても、その理不尽に屈しないと言う反骨心ではないだろうか。
外面は、上手く行っているように見える私でも苦しい時期はあった。出来ない数学を馬鹿にされネタにされた時、意味もなく陰ではぶられ変な噂を流された時、親から「何もかも中途半端だね」と呆れられた時、頭真っ白で大失敗した演奏を笑われた時。私はそれでもこうやって今を生きている。立ち向かう気持ち、恐れない勇気が崩れそうな時はあっても、常に自分と向き合い信念を持ってきた。私は決してそこで向き合った時に感じた困難や葛藤をそのままにはしない。私にもできるかやってみないとわからない、そう挑戦する気持ちと学び続ける姿勢を持って、これからも前向きに自分を理解し、この世界を歩み続けたいと思う。それが、私にとっての「生きている証拠」であり「生きる感覚」であるから。
The Giverは、ただのヒーローショーではない。困難に堂々と立ち向かう勇気を私に教えてくれた、いわば「生きるためのバイブルの1節」である。この記事が誰かにとって、何かに挑戦するきっかけを与えるあるいは生きる意味を探そうと決意するものになったら嬉しいと思う。
あなたの人生はSFのように未知で面白いのだから
最後に、SFというものは意外とリアルな人間ドキュメンタリーである。宇宙人やUFO、それらの言葉は確かに魅力的で、人を惹きつけ易いかもしれない。でも私がこの活動を通して伝えたかったのは、SFというものはあなたに「生きる勇気」や「誰かと違うことの葛藤への向き合い方」や「もっと自分らしく生きるヒント」をくれる、とってもユニークで未知なバイブルであるということだ。
この未知なバイブルは誰のものでもない。だからもし、あなたが自信を持って突き進んだ道で壁にぶち当たってしまった時、どうしようもなく情けなくなって路頭に迷った時。どんな時でも大丈夫。ふとそう感じた時に、とりあえずSFを見て欲しいなと思う。真っ直ぐな答えではないかもしれないけれど、一歩前を向いて歩き出すヒントを与えてくれるだろう。
どんなちっぽけな人生でもあなたはいつだってあなたの人生を歩んでいて、そんなちっぽけな人生でも頑張って生きようとしている。それは決して悪いことじゃない。今はまだ勇気を持つ覚悟が弱いけれど、私もこれからの人生、どんなに辛いことがあっても「これが私の人生だ」って胸を張って言えるよう勇気を持ち続けたいと思う。