私の人生の教科書 is アイドル

常に目の前にはアイドルがいた。そんな幼少期だったと思う。
物心がついた時には、私のアイドル好き人生の始まりとなるAKB48がそこにいて大好きになっていた。子供ながらに先生にプレゼンをして保育園の卒業式のダンスでAKB48の曲を踊らせてもらったこともあるし、買ってもらったベストアルバムは今でも大切に持っている。
そのころの写真を見返すと、ほとんどが決め顔でアイドルポーズをしていて本当に恥ずかしい(笑)

そんな幼少期から今に至るまで私の人生のエンタメを構成したのは間違いなくアイドルであり、アイドルが人生を豊かにしてくれたと思う。
そしてアイドルという存在は単なるエンタメにとどまらず、私の中でそれ以上の意味を持つ存在になった。
この記事では私が彼女たちから学んだことを引き出していきながら、アイドルの「かわいいだけじゃない魅力」を語ってゆく。

推しの卒業で感じたアイドルという存在

私が小学校4年生になり相変わらずアイドルに夢中な日々を送っていたある日、大好きなその子がグループからの卒業を発表した。
その子のほかにも好きになったアイドルはいたとはいえ、一番最初の推しだったし特別な存在だった。
推しが卒業するのはその時が人生で初めてだった。
言葉だけがあるみたいな感覚で実感はなかったけれど、次のシングルのMVを見たとき、本当にその子はどこにもいなかった。

その時にはじめてアイドルという存在の有限性をしっかりと理解したと思う。
この時の何とも言えない感情は「喪失感」という言葉で表すのが一番近いのかな。本当に心にぽっかり穴が開くってあるんだ!って思った。願うならずっとずっとアイドルでいてほしかったし、会いに行きたかった。もう少し生まれるのが早かったら自分で貯めたお金で会いに行けたのかなってたくさん考えた。
そこから今に至るまでたくさんの好きなアイドルたちの卒業を経験したけど、毎回まだまだアイドルを続けてほしい気持ちと気持ちよく送り出したい気持ちがぐちゃぐちゃになってしまう。
理解したはずなのになあ…。

アイドルは今を生きる職業

卒業だけでなく引退や解散など、1人のアイドルがアイドルではなくなる瞬間、アイドルが今を生きることを体現している職業だと感じさせられる。
まずアイドルはスタートダッシュが早い。
いわゆる一般職は多くの人が大学在学中に就職活動をして就職する人が多いだろう。だけど、アイドルは19歳の私より何年も前から、アイドルになるためにプライベートの行動に気を使ったり、レッスンに励んだりしている子が多い。
あるアイドルが卒業時に言った。

「高校の卒業式や地元の成人式には出ることができなかったし行きたかった大学のパンフレットももうどこかへ行ってしまったけれど“間違いなく私の青春はこの場所にあった”と胸を張って言うことができます。」

この言葉を聞いた時、いつも見ていたそのアイドルは私たちが経験するいくつもの当たり前を活動に捧げていたことを実感した。
そんなことは全く感じさせないキラキラを届けてくれていた。
アイドルが好きでアイドルに憧れを持った時期もあった。だけどアイドルを見るたびにこの夢をつかむための計り知れない努力や、この夢のためにあきらめざるを得なかったものの存在を感じて、相当な覚悟の上だということを痛感する。
保守的で優柔不断な私からすると、夢のために若くから青春を棄て挑戦することの覚悟と決断力が本当に真似できるものではない。

そして夢をつかんでアイドルになってからも、契約期間が決まっていたり、卒業の時期があったりとせわしない。だからこそアイドル自身も自分がアイドルでいる期間アイドルを全うしてくれる。
ライブや特典会、SNSの更新、ブログなど挙げきれないほどの日常の仕事や、メイキング映像や舞台裏の撮影などの裏でのカメラへの意識。いつ何時だってアイドルのその子でいてくれる。

推しを見ているとなんだか本当に同じ人間なのかとよく疑ってしまう。
暑い中何曲も連続で踊って、歌ったかと思えば、もうブログを更新していたり、昨日大阪にいたのに今日はもう福岡にいたりなど「え!?」みたいなことがよくある。
そんなハードスケジュールの中でも、その子はずっとその子のままでそこにいる。
あんなにかわいい見た目をしておいてなんという必殺仕事人なの。
それはアイドル自身が一番“今”を体感しているから、こんなにも頑張れるんじゃないかと思う。
自分自身が商品だからこそ、私たちよりも「自分の今の頑張りがどう未来に響くか」をとても理解しているし、身に染みて感じる機会が多いのだろう。
そんな今に全力を捧げる彼女らだからこそ、私たち応援する側も今この瞬間に熱が入る。
それと同時にその生き方に影響を受ける。「今を生きる」ことは推し活(推しは推せるときに推せ)においてでも人生軸においてでも大事なのだとアイドルが教えてくれた。

心にアイドルを宿して生きる

そんなアイドルの、挫折を恐れずに挑戦し、それを貫く姿は、「安全網にしがみついて新しい挑戦に飛び込めずなあなあで生きてきた私」とは対照的だった。
わたしは昔から何事も要領よくこなそうとしてきた。常に80点を目指して、最低限の労力で最大限の結果を出そうとしたし、興味があるものでもすぐに結果が出そうなものだけ飛びついた。だけど年を重ねるにつれ、うまくいっていたはずのそのやり方では通用しないことが分かってきた。何にも失敗しなかったけれど、何ひとつ成功していないのだ。

振り返れば、それは「ああ、あんなに頑張っていたのに可哀想」と思われることを恐れた自己防衛の結果なのだと思う。そしてこの自己防衛は人から何かを言われたから生まれたものではなく、おそらく、自分自身が作り出した呪いのようなものだった。
今まで成功にこだわった挑戦ばかりしてきた分、失敗してしまった時の自分を認められる強さを持っていないからだ。
この強さを持ち合わせることは、今も自分にとってすごく難しい。

だけど、そんな自己保身的な考えにとらわれていた私に衝撃を与えたのが、推しの1人であるAちゃんだった。
Aちゃんは、現在所属しているグループのデビューをかけたオーディション番組で、一度落ちている。しかし彼女は落ちたその日から、あるかも確定していない次のチャンスに向け、練習を再開した。そしてその様子に感銘を受けた社長が、番組の最後に彼女を復活させ、見事デビューを果たしたのだ。
私がAちゃんに出会ったのは、デビューしてから数年経った頃だったため、このエピソードを知ったのは推し始めてしばらくたってからだった。
こんなにも才能に溢れていて、完全無敵のアイドルのAちゃんにもそういう過去があったことを知った時、より彼女の強さを思い知り、好きが深まった。
自分だったらすべてをかけて挑んだ挑戦がダメだった時に、すぐに練習をはじめられるだろうか?
彼女の、気持ちの切り替えの早さと、ストイックさ、そして事実を受け入れる強さ、すべてがかっこよかった。
そんな彼女の強さに感銘を受けると共に、輝ける人はこんなにも努力した人だけなんだということを知った。

彼女たちを応援していると、下積みや挫折の過去、そして今の頑張りがむしろ、彼女たちの魅力を形作っていることに気づかされる。
必死に頑張っている姿も、そしてその結果がついてこなかったとしても、全部の過程が彼女たちを好きな理由になっているのだ。
「自分のプライドを守るために、全力を避ける方がよほど格好悪い」そう思わせてくれたのがアイドルだった。

この学生編集部に応募するとき、「ちゃんと頑張れるのか」とか「記事を書くのなんて初めてだし」と不安もあり悩んでいた。
だけど応募に踏み切れたのは、この考えが軸にあったからだ。
これからの人生で決断をしなければならないことはたくさんあるけれど、心にアイドルを住まわせて、私はリスクの少ない安定よりも、リスクのあるワクワクする方を選びたいと思う。
アイドルの虚像の部分であるキラキラでかわいい一面も大好きだけど、がむしゃらに努力する、人間味の感じられる部分がもっと大好きだ。
そうやって、一生懸命に活動をする姿が、コロッと簡単に人に影響を与えてしまう「アイドル」に今日も魅了されている。

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