「やっぱ○○より○○の方が生歌強い」
「ビジュアルが○○は○○には及ばないな」
アイドルおたくの皆さんは、タイムラインやおすすめ欄をぼーっと眺めていたらこんな投稿が急に流れてきてきゅっと胸が痛くなる、そんな経験はないだろうか?
誰かを褒める時に、別の誰かを下げる。
そんな悲しいポストが一部あるのだ。
日本国内において、特に日本アイドルと韓国アイドルが比較されやすい傾向があると感じている。
アイドル文化が浸透し、発展している日本では、アイドルの推し活が多様化し、日本アイドルだけにとどまらず韓国アイドルも同じぐらい人気を博している。
日本と韓国のアイドル、どちらも大好きで推している私にとって
「どうしてそれらを相対評価するのか」が疑問であり、同時に悔しくもある。
そういう見方をしてしまう人たちや、風潮にうんざりしてしまっているのはきっと私だけじゃないはず。
今回の記事では、そんな風潮がどうしたら減っていくかなぁ~とぐるぐる考えた内容を書いてゆきたいと思う。
(とても主観的な内容だと思いますが、ご了承ください(><))
お互いのここが好き!日韓アイドルの違い
いろいろ感じていることを書く前に!
日本と韓国のアイドルの大きな違いを私なりに書いてみようと思う。
ここで書く違いは大きく分けて2つ!
1.一般的に言われている文化的な違い
2.私がそれぞれを推しているときに感じる好きの違い
(個人的に、「違い」という言葉は、文脈によって否定的にも肯定的にもとれる言葉である、と感じている。
大前提として、この記事で使う「違い」という言葉は、「みんなちがってみんないい」系ニュアンスの肯定度100パーセントのものだと捉えてほしい。)
まず①一般的に言われている文化的な違いについて
日本のアイドルは、ファンが成長を見守るような応援体制が多く、ファンとの直接交流が多いのが特徴だ。
握手会や、リリースイベント、チェキ会などアイドルとファンの関係性が一対一で構築されやすいイベントが多いと感じる。
ビジュアルや人間性においては、統一的な雰囲気というよりは個性が重視され、それぞれのメンバーのキャラ立ちがはっきりしている印象だ。
次に韓国アイドルは、長い練習生期間を経て、デビューすることによる完成されたパフォーマンスが魅力だ。
また、韓国の音楽番組は毎週1位を決めるため、音楽番組内での成績が重視されるのが特徴だ。
ファンとの交流もあるが、サイン会などは参加するための条件がすごく高かったりして、直接交流の機会は日本アイドルに比べて少ない印象だ。
その分、音楽番組への出演や、ライブがあるためステージを介して会える頻度は高い。
ビジュアルは各事務所で○○顔(○○には事務所の名前が入る)と言われたりするほど、事務所やグループによって統一感があり、コンセプトがはっきりしている。
ここには収まらないくらい、もっとたくさんの違いがあって、それぞれにファンを魅了する何かが詰まっている。日韓アイドルそれぞれにマッチしたプロモーションや文化的背景があるからこそ、彼女たちの魅力がよりパワーアップされているのだ、と個人的に感じている。
次に②私がそれぞれを推しているときに感じる好きの違いについて
私は幼少期に日本アイドルにハマり、小学生の時に韓国アイドルにハマった。
そこからどちらも推し続けているが、正直この記事を題材にするまで、それぞれを対比して考えたことがなかった。
それはたぶん、日韓アイドルを同じ「アイドル」というくくりではなく、本当に別物の存在として捉えているからだと思う。
とても言語化するのが難しいけれど、独立したそれぞれ(日韓アイドル)に共通した根本の好きは重なっていて、異なっている要素にそれぞれ魅力を感じている。といった感じだ。
そんな異なる魅力から感じる、私にとってのそれぞれの存在の違いを書きたいと思う。
日韓アイドルを鑑賞している瞬間を思い返してみて「うわぁ、すき」となる瞬間がそれぞれ違うことに気が付いた。
日本アイドルを見ているときに「好き」と感じる瞬間は過去の映像が多く、韓国アイドルを見ているときにそう感じる瞬間は最新の映像が多いのだ。
これこそが①で書いた文化的背景とリンクしてくる。
日本アイドルは卒業制度があったり、未経験からの加入があったりして成長過程が分かりやすい。
だから1つのグループだけに着目したとしても、その時代独特の「色」や「雰囲気」があると思う。
それゆえに、そのころの彼女たちを見るとそのころの自分の記憶や感情が糸を引かれたように蘇る。「この曲が出たとき、すぐに覚えて踊ったなぁ」とか「このバラエティの回、受験勉強の息抜きで何回も見ていたなぁ」とか。自分が思っているよりも、一つ一つのコンテンツが印象深くて、大切な思い出になっていることに気づいた。
思い出補正や物語補正がかかって胸が苦しくなるくらい、好きな瞬間があるのだ。
そして韓国アイドルに対しては毎回のカムバック(新曲を出し活動を再開すること)が楽しみで仕方なくて、新しい姿を見せてくれる彼女たちに魅了される。
必ずと言っていいほど、全員の髪色が変わっているしコンセプトも全く違う。
そして、ビジュアルが見るたびに洗練されていて、どこまでもきれいになっていく彼女たちをみて圧倒されてしびれるまでがお決まりの流れだ。
ビジュアルだけでなく、ステージのクオリティも常に更新してくれるところも、裏での並大抵じゃない努力を感じられて感化される。彼女たち自身が一番、今を見て!と惹きつけさせてくれているような気がする。
いわば私にとっての彼女らに対する好きは、全く違うベクトルで存在している。
日本アイドルに求める要素と韓国アイドルに求める要素が違う。
だから好きに優劣はなく、どちらも100パーセントの好きなのだ。
「○○からしか得られない栄養がある」はキーワード
ここまで、超!主観的ではあるが日韓アイドル、それぞれの違いについて書いてみた。
こうしてみてみると、2つともに共通した良さ、異なった良さがあることを、私自身改めて感じた。それが皆さんにも伝わっていたらうれしい。
ではなぜ、冒頭で書いたような日韓アイドルや、自分の推しとその他のアイドルを対比的評価する人たちがいるのか?
私は、その理由の一つが「アイドルに対して求めることの多様性を受け入れられていないから」だと思う。
多様性という一言でまとめるのは、あまりにも難しいけれど、例えば
「歌とダンスが上手であることが大切!」「ビジュアルが大切!」「人間性が大切!」などなど、その人にとってのアイドルに求める価値観がそれぞれある。
そして、自分が思うかわいいやすきを大事にすることは、とっても大切なことだ。
ただここで問題になるのは、自分が推しに対して「ここが特別だ」と思っているポイントを、無意識に「アイドル全体の基準」にしてしまうことだ。もし、その基準を持っていないアイドルに出会った場合、「自分の推しほど魅力的じゃない」と感じてしまうかもしれない。それが結果として、他者を下げるようなポストにつながってしまうのだ。
特に日韓アイドル間では上述したような文化やコンセプトの違いの大きさから、そもそもの「大切にしているポイント」が違うため、これが起こりやすいのだ。
その背景には「自分の推しの特別さを感じたい、伝えたい」という気持ちがあると思う。推しが大好きだからこそ、推しの魅力は唯一無二に見える。それはとても自然な感情だし、ファンの心理だ。
だけど、その「特別」はファンの数、アイドルの数だけ存在するものだから、どのアイドルも誰かにとっては特別で、だれとも比べられない魅力を持っている。だから推しの特別さを表現するために、他者を下げる必要はないのだ。
そう考える上で「○○からしか得られない栄養がある」はとってもキーワードになる!と思うのです。
「急に、栄養?なんのこと?」となるかもしれない、すみません。
‘’○○からしか得られない栄養がある‘’は本当の栄養素の話ではなく、ネットで多く使われている言い回しである。その○○が自分の活力、原動力になるくらい好きで必要な存在であるということを表している。
この言葉はネット上にありふれていて、よく目にする方も多いかもしれないが、よく考えると“好き”を特定しない、かつ褒める時に特別さも与えられる「魔法の言葉」だと思う。
人は、“あるものを特別好きであること“を伝えたいとき、「世界一好き」とか「誰よりも好き」とか、比較対象を引き合いに好きを伝えることが多いと思う。何よりも勝っているという表現であることで、大好きの感情の大きさが伝わりやすいから。
だけど、それを伝えるために、つい何かと比べる言葉になってしまうのは、少し惜しいなと思う。
だから好きを1つに特定せずとも、特別好きである気持ちを伝えられるこの言葉は、「どちらが上か」ではなく「どちらも自分にとって大切で特別なもの」というニュアンスを包み込んでいる言葉だと思うのだ。
この言葉に合わせるなら、栄養は何種類あってもいいし、必須な栄養素は1つじゃない。
日韓アイドルは「同じジャンル(アイドル)なのに、求められているものが違う」という、文化の違いゆえの比較のされやすさがあるかと思う。
だけど「日本アイドルからしか得られない栄養がある」「韓国アイドルからしか得られない栄養がある」
という言葉でそれぞれの好きを語れる瞬間が増えてゆけば、優劣をつけるなんていう目線じゃなく、2つの存在を独立したものとして尊重する捉え方が広がるんじゃないかな。そうなってほしいなと思う。
アイドルに対して求める価値観は人それぞれだけど、自分が持っていない価値観を否定するのではなく、尊重することができたら、もっとアイドルライフも推し活も楽しくなる!そう思うのだ。
それぞれの“アイドルライフ“楽しんでいきましょ~。