まちのPodcast ~まちの素敵な会話たち~

まちのPodcast ~東京駅編~

 ここは東京駅。日本最大のビジネス街の中心に建つこのターミナル駅は、数多くの運転系統が発着することもあって、東京の玄関口にもなっている。筆者も大学生になって東京での生活を歩み始めた、思い出のつまる場所だ。出会いと別れが集まるこの駅で、聞こえてくる会話に耳を澄ませるために、イヤホンを外した。

「ライブが18時開場でしょう?」
「あと2時間もあるね」
「えどうする?」
「えどうしよう」
「なんかはいる?」
「えでも物販ない?」
「あるわ」
「それ行こう」

 いまは16時。どこからきたかはわからなかったが、このあと東京ドームか、武道館か、はたまた渋谷のライブハウスか、もし渋谷のライブハウスだったらもう出発しておいたほうがいいのかもしれないが、いわゆる「遠征」というものであろう。さっそく東京駅らしい、玄関口めいていて、素敵な会話だ。しかしふと考えると、東京駅の外に出て、外から東京駅を眺めることってあまりない。いつか結婚したとしても、別に東京駅でウェディングフォトを撮りたいとは思わないし、ぶっちゃけ東京駅でウェディングフォトを撮られている人をすこし見下しているところもある。上京して最初の思い出の駅は、絶対に東京駅ではなく、最初に住んだ駅に決まっている。東京駅にふたりの思い出があるとして、それはつまり『モダン・ラブ』S2のEP3「(ダブリンの)見知らぬ乗客」みたいなこと?そんなにロマンチックなら東京駅でもいいとは思うけれど。
 東京駅は、外に出なくてもいろんなところにいける。大手町とか、日比谷とか、まったく別の住所にまで地下道が張り巡らされているし、JRで乗り換えるなら、改札だってでなくていい。モテるためには内面を磨け!というけれど、目標は東京駅である。だって人脈とかあるし。その割に、見た目も最高なところが、本当にモテる感じがする。と思ったところで、東京に住んでいる人間は、東京駅でそそくさと乗り換えるだろうし、地方から来た人間だけが東京駅の外面を拝むのだとすると、顔がいいのに性格がよすぎて恋愛対象にはなれなかった隣のクラスのあいつのようだ。いまなにしてるんだろうな。

「同窓会3時からなんだよね、意味わかんなくない?」
「え相場17時じゃない?」
「えそうだよね、やばいやばい」

 東京駅を根城にしているひとだろうか。地元かと思った。このひとたちにとっては地元であるという衝撃。疾風怒涛のシティガール。高校時代を銀座で過ごしたのだろうか。はじめてのデートは原宿だろうか。とても羨ましい。でもふと思った。彼らは、小学生を水とハンバーガーで粘ったフードコートでしたDSの、その喜びを知らないのだろうか。そう思うと、僕の昔も悪くないなと思える。悪くないだけで、いまこの東京で、地元みたいな会話をしている人間に対する嫉妬心のようなものが消えたわけではなくて、ただ残りの46道府県が知っている、あのきらめきと、原宿ではじめて恋人と手をつなぐという経験が持っているそのきらめきとを比べて、どちらのほうが明るいのかを考えてから、その行為はただただ野暮だということに気づいて、それから、僕のなかにあるきらめきをやさしく抱きながらほかのきらめきを眺める、地球に住みながら宇宙を思う人間のようになることを決めた。ちなみに僕は大阪出身だから、こういう単純な二項対立にうまく馴染めない。原宿でデートしてないだけで、なんばでデートしている。だけどそこは原宿ではない。このアンビバレントを、だれか上手に言葉にしてほしい。東京の人の空気はたしかに冷たいんだけど、大阪だって冷たい。
 などと思いながら歩いていると、みんな時間の話をしていることに気がついた。18時とか17時とか。時間の町なのかもしれない。普段僕は時間のゆったりとした町を歩いている。午後に始まるお店で服を買ったりするし、気がつくと日が落ちる時間までコーヒーを飲んでいることもあったりする。最近は寒くて、ホットコーヒーはすぐに冷たくなるんだけど、そんなことは気にしないくらい、時間には縛られていない。いつかそうじゃなくなるのかな、と思う。オフィス街であることとか、玄関口であることとか、時間の支配力が強い要因はたくさんあるだろう。時間の支配に飲まれることを、僕は根本的に苦手としているから、だからちょっとだけ東京駅は苦手だ。
 時間にまつわる会話には、ほとんど二パターンしかない。
「これってX時からだよね」
「ううん、Y時だよ」
「え、うそ」
あるいは
「これってX時からだよね」
「うん」
「うん」
 あてもなく、ただただリズミカルな言葉を繰り出して、ダンスするような会話が好きだから、こういう会話は苦手である。好きじゃない。たいてい時間を忘れているのは僕の方だ。

 そうやって思い出す、僕は顔がいいのに性格がよすぎて恋愛対象にはなれなかった隣のクラスのあいつのことを苦手だった。

次回は、ほとんど山手線の反対側、原宿駅へ。原宿駅ではどんなPodcastが聞けるのだろうか。電車に乗りながら、僕は次の番組を楽しみにイヤホンを外す。

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