まちのPodcast ~まちの素敵な会話たち~

まちのPodcast ~原宿駅編~

 ここは原宿駅。代々木公園・明治神宮の入口として発展する一方、若者文化の興隆地として栄えている。外国人観光客も多く訪れる、いわばセンスの街。ここで聞こえる会話に耳を澄ませば、きっとおしゃれの最前線。ストリートスナップの声掛けを期待しながら、イヤホンを外した。

「もうちょっと離れる?」
「そうしよう」

 年末の暮れ、表参道の木々は煌びやかに輝いている。それを背景に、原宿で女子高校生が恐らく縦型のショート動画を撮っている。僕は、まだ二十歳のくせして、縦型には慣れない。横に細長い映画が好きだし、スマホのカメラも横に持ってしまう。僕は縦の情報量を信頼していない。縦には空しかないじゃないか!と思う。道自体も、そこを歩く人も、全員横移動じゃないか。小さい頃、昔のゲームをダウンロードできるサービスで、かなり昔のマリオばっかりやっていたからこういう世界の見方になってしまったのだろうか。もうきっと僕らの世代は、縦横無尽に(そしてその新規性は縦に)動けるゲームに慣れている。物心ついたときには、縦にスワイプして、縦に動いて、縦の動画を見ているはずなのに、僕は縦になれない。人が縦に映っているのは自然ではない。だって、集合写真(彼女たちは動画なんだろうけど)を撮るときの掛け声って、「そこもう少し寄って」が基本じゃないか。僕らは人と、自然な距離感で接したい。それは、いくらカメラを横に持っても映りきらない距離感だったはずだ。だから僕らは不自然に近づいた距離のなかで、カメラ用の笑顔をしながら、なんとなく手持ち無沙汰になった両手をピースの形にしながら映っていたし、写真に映り慣れたあのひとたちの笑顔の再現性の高さにびっくりしていたんじゃないのか。なんだ「もうちょっと離れる?」って。僕も基本的には人懐っこいほうだ。なのに、こういう掛け声のせいで、写真用に距離をおく、みたいな世代がすぐ下に迫っていることが分かってしまったせいで、そして大概に大人たちが僕らとそのすぐ下の世代の区別をあまりはっきり持っていないせいで、僕が単純に人との距離を積極的に作りたいひとみたいになったじゃないか。縦型で、左右に余白が余る距離ってなんだ。縦型用に組み替えられた集合写真のフォーメーション。まんなかで寝そべっているやつのつま先は切られて、お気に入りのスニーカーが映らなければいいのだ。そしてそんなことを写真の端っこで思っている僕を、表参道の木々の輝きで白飛びさせてくれよ。

「これは、でも中古だから三万、四万だっけな」

 そこははっきりさせてくれよ、と思う。僕はファッションが好きだ。好きだけど、高い服はそんなに持っていない。年末に、成人式のためにと奮発して買った、ビンテージのコートが35,000円である。僕ははっきりと覚えている。PayPayは、コンビニで適当にホットコーヒーを買ったときと同じ音を出していたのが、なんとなく悔しかったのも覚えている。こんなんなら現金をおろして支払えば良かったな、と思った。なのにこのひとは、三万も四万も一緒?悔しい。服のことを中古と呼ぶな。ビンテージだろ。古着だろ。みんながそうやって呼ぶことで、昔リサイクルショップで安く手に入れたゲームソフトと同列にしないようにしているのだ。古着が好きなのだ。決して中古の服を安く買いあさっているわけではない。なのに、その見知らぬお金持ちのせいで、自分が古着屋に行くときのあのワクワクした気持ちが、あのころ、昔のイナズマイレブンを500円で買えたときの気持ちと同じ気持ちだと名づけられたような気がする。そこまで思って気がつく。それのなにが悪いのだ。あのとき、見知らぬ人のセーブ・データを消去するときのゾクゾクする感情は、何にも代えがたい大事な、何の名前もついていない素敵な感情だっただろう。新しい古着(ちょっと矛盾するようだけど)に袖を通したとき、なぜだかすっきりとサイズがあったときのあの妙な安心感と、さっきまで言っていた感情はほとんど同じかもしれない。一緒に新しいゲームをプレイしていこうね。新しくできた好きな人と、ちょっといいランチを食べに行くときと、強くて倒せない敵を倒すときはほとんど同じなんだから。

 前回の東京駅編でも書いた通り、僕はなぜだか原宿に並々ならぬ怨念があるようだ。なんなら、東京駅よりも何倍も私怨に近いかもしれない。それはきっと、丸の内や大手町は、「もう私たちは時間とお金を交換する場所です」と割り切っているからだろう。原宿駅は違う。時間もお金も消えていく。消費するだけの町である。それが怖くなって、代々木公園へ逃げ込む。都会のオアシスと代々木公園は、どちらが先に生まれた言葉だろう。ゆったりとした時間が流れる。遠くから、英語が聞こえてくる。うまくは聞き取れない。正直に言うと、まったく聞き取れない。このエッセイの企画趣旨からは大きく外れる。何を言っているのか分からない。でも本当は、原宿駅で聞こえる会話は、全部何を言っているのか分からないかもしれない。さっきから僕は文句ばかり言っている。ため息をつきそうになったので、スマホを横に向けて、代々木体育館の写真を撮った。ストリートスナップの声掛けはなかった。

 次回は、明治神宮前駅から千代田線直通の小田急線に乗り下北沢駅へ。下北沢駅ではどんなPodcastが聞けるのだろうか。電車に乗りながら、僕は次の番組を楽しみにイヤホンを外す。

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