周りを見渡せば、沢山の情報が飛び交っていて、そこに文字は一緒にくっついてきます。例えば渋谷のスクランブル交差点を通ると、ずらりと広告やブランド名が並んでいます。無意識のうちに、次々と文字が目に入って情報は更新され、頭の中はぐるぐる。その間に、3Dのパンダや女優さんの広告写真が入ってきたり。
そこで私はいつも、この目に入ってくるもの、ぼんやりとしか入ってこないもの、また視線に映る順番、これらはもう既に計算済みなのかもしれない。私はデザイナーの想定通りに、視線誘導されているのか!?なんて考えたりします(笑)。
皆さんの今日いちばん、印象深いものや文字は何だったでしょうか。
ここで思うことは、言葉と同じくらい、視覚的な文字が持つ雰囲気も印象に残るということです。フォントの書体数は、和文用のものだけでも約3000種類あります。しかし、意外と知られていなかったり、フォントにこだわって選んでいる人は少数派だと感じています。
もしも、文字の選択だけで、言葉に深みが出たり、企画の説得力が増したり。”わたしといえばこの文字”というトレードマークのようなものを持っている人の信頼度が上がったり、キャラクター作りができたり。そんなことがあるのならば、普段何気なく使っているフォントをちゃんと選びたくなりました。
そこで、今回はアートディレクターの玉置太一さんにお話をお聞きしました。
アートディレクターとは、広告やWebサイト等のビジュアル制作において、進行や質を管理する仕事です。その中でも、玉置さんの制作の文字の表現に惹かれ、取材にご協力いただきました。
「ここぞ」フォント
果たして、伝えることのプロであるアートディレクターの方に「ここぞ」という時に使いたい万能フォントは存在するのか。
私は、「そんなフォントが存在したらいいな」という願望混じりな部分も含めながら、「存在する」と仮説を立てました。願望というと、先ほど挙げたもしもの話のように、信頼度が上がったり、企画が通ったり?なんてこともあるかもしれない。だから、あるのならばぜひ使いたいと思ったわけです。
願望とは別に、もうひとつあります。名刺に注目しました。私は、展示やポップアップに行った時の楽しみのひとつに名刺収集があります。展示では、その場で制作者の顔が見えないことがほとんどです。しかし、名刺を見ると、その大きさや形、色、紙、そしてフォントからなんとなく想像できるのです。他にも、企業や団体は、名刺のフォーマットやフォントが決められていると思います。これは、個ではなく、会社の中の一人であることが伝ってきます。顔になるような名刺に使われるフォントがあるのならば、ここぞという時に使うフォントも持ち合わせていると考えました。
しかし、玉置さんの答えは「いいえ。」 …!!
半分、残念。もう半分は、驚き。
しかし、その答えはアートディレクターという職業だからこそ出たものだと、その理由をお聞きして納得しました。また、もしそんなフォントがあったとして、毎回使っていたら、それは万能というよりは安パイな選択で、面白味に欠けている気もしました。
まず、大前提として広告を作ることは、伝えたいことがあって、それを伝えたい人がいて、それらを魅力的に伝えることです。だから、それぞれの広告にとって「ここぞ」という表現を選択します。たとえ、お気に入りのフォントや表現があっても、伝えたいことを伝えることが最優先なのです。玉置さんも沢山のストックがあって、「ここぞ」という時に出してきたり、アレンジしてみたりしているそうです。そう考えると、ある意味「ここぞ」フォントはあるのかもしれません。
また、玉置さんに取材したい理由がもうひとつ。
私は、文字で表現することが好きだけれど、そういう人ばかりではありません。表現の手法として、近しいものにイラストがあります。これらは似ているけれど、私がイラストではなくて文字を好む理由は何だろう?とはっきりしないままでいました。
広告には、文字もイラストもさまざまな表現があります。そこで、玉置さんにその違いについて、お話をお聞きしてひとつ腑に落ちた点があります。冒頭のスクランブル交差点の話、文字だけではなくて、パンダも目に飛び込んできたこと。文字の表現ではないけれど、記憶に残る表現もあります。それぞれの広告にとって「ここぞ」という表現をすることが大切であるからこそ、ここでは文字かイラストかというその考え自体、とても安直な疑問だと思いました。
「ここぞ」ストック
「ここぞ」フォントはなかった。しかし、その理由を探ると、フォントから表現全体まで広がっていきました。
私は普段、何かを表現する時に多くの場合、文字を選択してきました。そして今回、文字は表現の中のひとつに過ぎないという意識が加わり、視点の広がりを感じています。例えば、文字を選択したい時、一旦他の表現で伝えることを想定したら、文字の表現で伝えられていない部分に気がついたり。逆に、他の手段で表現していることを文字で表現してみたり。文字とイラスト、文字と写真など表現の中を行ったり来たりすると、さらに文字の表現に深みが出ることに気が付きました。
また、今回のキーワードであった、伝えたいことを伝えるために、それぞれの広告にとって「ここぞ」という表現を選択すること。それは、広告だけではなく、自分自身に当てはめても同じことが言えると思います。例えば、近い将来に始まるインターンや就活。「私」を伝えるためには、私の中から「ここぞ」という強みと、それを表現する手段が必要になると思います。さらに、それぞれの企業やジャンルによって時には、伝えたいこと、伝え方が変わることも考えられます。「ここぞ」という時に、「私」を存分に魅せたい。そのために、自分の中から引き出せる強みと、それを最大限伝えられる手段を蓄えておくことが大切だと感じました。早速、準備に取り掛かりたいと思います!
次回は、文字って実はこんな役割があった!?引き続き、玉置さんとお話して気づいた、表現全体から広く見た文字の"すがた"について語ろうと思います。