モテたい。
そう思ったことはないだろうか。
そりゃモテる人生とモテない人生だったらモテる人生良いよなと私は思う。
ただモテると一概に言ってもモテるの定義は色々あるだろう。何も学校の下駄箱を開けた途端大量のラブレターが溢れ出すのだけがモテることではない。
モテるというのは、好かれるということだ。
相手に好かれていれば自分の思い通りに物事が進みやすくなる。
誰しも考えたことはあるだろう。できれば自分が思い描いたように物事は円滑に進んで欲しいし、周りとうまくやっていきたい。そこで私自身が個人的に幼少の頃からずっと好きな戦国時代から、あるエピソードが思い浮かんだ。
”三献茶”のエピソードはご存じだろうか。
時は戦国、秀吉が鷹狩りの途中に立ち寄ったある寺で茶を所望した。寺の少年が持ってきた大きな茶碗には、ぬるめの茶が入っていた。鷹狩りで喉が渇いていた秀吉は一気に飲み干した。二杯目を所望した秀吉に少年は一杯目と比べやや小さめの茶碗を持ってきた。湯はやや熱めで量は半分くらいであった。秀吉はこれを飲み干し、もう一服を命じた。三杯目の茶碗は高価な小茶碗で、湯は舌が焼けるほど熱く、量はほんの僅かであった。秀吉はこの少年の気のはたらきに感じ入り、住職に願い出て近侍にした。その少年が石田三成である。といった内容である。
このエピソードが史実かそうでないかはこの記事では言及しないが、現代に渡って語り継がれていることからすると、このエピソードは人々にとって記憶に残り、特筆に値する内容であるのは確かだ。
そこで今回はこの「三献茶」のエピソードを元に、
キャリアアップする人には他の人とは違う気配りがあるのではないか。
という仮説を立てて、現代における対人関係で優位に動ける秘訣を探っていきたい。
とは言っても、自分はまだ学生の身分であるため社会のことはあまりよくわかっていない。秀吉と三成は上司と部下の関係にあるが、現代の社会でも、仕事を通じて多くの人と関わり、多くの部下を持つ立場の人がいる。今回は、株式会社マイナビ 人事統括本部の統括本部長である粟井さんに、社会における対人関係についてお話を伺った。
結論から言うと、「仕事において気配りはめちゃくちゃ大事」だそうだ。
まぁそれはそうであろう。仕事なんていう必ずしも気が合う集まりではない環境の中で、傍若無人な振る舞いをする人より相手や周りのことに気遣っている人の方が場は円滑に進むのは容易に想像できる。
ただ、粟井さんは「しかし気配りの前には想像力が必要不可欠だ」と言っていた。
想像力?
要するに、直接言葉にして伝えずとも相手の背景にある状況や抱えている事情をさらに踏み込んで知ろうとする動きが取れる、言葉にせずとも伝わってくるものを正確に汲み取れる力が想像力だそうだ。
そのためには、年齢性別好き嫌いその他構わず、相手に敬意、関心を持って誠意を持って接することができることが重要である。そう語ってくださった。
え、むずくない?
言ってくれなきゃわからんよ。
「なぜできる…?」
そう眉間の皺を3本ほど増やした私に対し、粟井さんが興味深いことをおっしゃった。
「自分がやったことに対して人から喜ばれた、感謝された経験を少しでもたくさん持っている人は気配りができる人が多い気がする。」
経験か。
三成の三献茶のエピソードに対しても粟井さんは独自の見解を示した。
「三成も秀吉に出会う前にそのようにお茶を出して喜ばれた経験があるのではないか」
確かに。
誰しも経験があると思うが、絶対ハマりたい相手がいたら徹底的にリサーチをかけて全力を尽くしてハマりにいくだろう。
もし自分が三成の立場で秀吉がくるなんて知ったら、金ピカのゴテゴテの茶碗も用意するし、もちろん金粉とかも振りかけちゃって、部屋にはミラーボールからの、デパコスと一張羅を買いに走り出すかもしれない。
そんなの確実に失敗する。
三成も失敗した経験があるはず。
経験から学ぶこともある。これをやってみたけれどうまく届かなかった。逆に怒られた。
トライして失敗しないと、気づけないこともある。
失敗せずに成功するなんてよっぽどの超能力者でないと厳しいのでは。
粟井さんはそうおっしゃった。
これが想像力か。
エピソードの裏に思いを馳せる力。
人生の厚さの違いを見せつけられた。
三成もそういう経験と試行錯誤の後に、秀吉との出会いに繋がったのだろう。そしてまた、粟井さんもそのように多くの思考と経験を重ねてきたのだろうなと感じた。
自分的には三成には天才であって欲しかった部分があったが。
(人を見た瞬間その人の背後に青い半透明のパネルが出てきて、瞬時に最適解を叩き出すといったような二次元的なスペックまでは流石に求めていない。断じて。)
キャリアアップする人には他の人とは違う気配りがあるのではないか。
この問いに答えを出すとするなら、目を引くような気配りはある。ただそれは想像力と経験からくるものであり、これを掛け合わせることで他の人とはまた違う領域にたどり着けそうだ。