<中編>「期待に応じる機械」にならないためには「ミッション」を考えてみて。小説家・朱野帰子さんに聞く、「期待」や「承認欲求」に打ち勝つ方法

人に期待されることがうれしくて、つい働きすぎて疲れてしまう……。実際に社会人になって働く前にも、そんな経験はありませんか?
実際に『わたし、定時で帰ります。』のヒット後、朱野さんも体を壊されたことがあるのだとか。そんな状態を「期待に応じる機械」と朱野さんは表現します。
そんな機械にならないため、「期待」や「承認欲求」に打ち勝つにはどんな手があるのでしょう? 朱野さんにお話を聞いてみましょう。
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プロフィール

朱野 帰子(あけの・かえるこ)さん
1979年東京都生まれ。2009年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。2015年、『海に降る』がWOWOWでドラマ化される。2018年に刊行した『わたし、定時で帰ります。』が注目を集め、TBSでドラマ化されたことでも大きな話題に。他の著書に『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』、『対岸の家事』、『くらやみガールズトーク』などがある。
Q2.「期待」や「承認欲求」に打ち勝つためには、どうすればいいですか?
A.「自分は、なんのためにそれをやっているのだろう?」という目的、つまり「ミッション」を考えてみてください。

『わたし、定時で帰ります。』というドラマがヒットしたあと、多くの仕事をいただくようになりました。けれど、押し寄せる仕事に、ありえないスケジュール、「うちでもドラマ化されるものを書いてください」といった周囲の期待に押しつぶされて、文章が書けなくなってしまった時期があったんです。
そのときの経験をもとに、『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』という同人誌をつくって発売しました。そして、その中で紹介した「期待に応じる機械」という言葉には、大きな反響がありました。
この言葉は、『ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方』という本を出版した、エンジニアの方の言葉を引用したものです。

みんなに認められたいという気持ちが強くなりすぎて、気づいたら、相手が差し出してきた期待を完璧にこなす人になってしまう。そんな経験はありませんか?
そういうときって、どんな仕事も断らない自分にちょっと酔ってしまうんですよね。本当に自分の望みでやっているのかわからないけれど、いらない人間だと思われたくないから相手に合わせてしまう。そして気づいたら、期待に応じる機械になっている。
これは作家の方だけではなく、会社員の方からもたくさん共感をいただきました。たぶん、職種問わずにみんなそうなんだと思います。期待というのはそれほど強いもの。
もし、みなさんが期待に応えすぎてしんどいなと思ったときには、「自分は、なんのためにそれをやっているのだろう?」という目的、つまり「ミッション」を考えてみてください。

『わたし、定時で帰ります。』シリーズの主人公である東山結衣は、ミッションを大切にしている人間です。「定時に帰れる会社をつくりたい」という、無謀に見えるけれどわかりやすい目的があって、それを口に出してワンコンセプトで徹底しているからこそ、わがままなのに周りの人がついてきてくれます。
一方で、三谷というキャラクターが出てくるのですが、彼女は企業や同僚が要請してくることにちゃんと答えるのだけれど、なぜか周りから認められない。それは、ミッションがないからなんですね。
ミッションがあると、他者からの期待では動かなくなります。そして、自分の行動にも納得感が生まれる。
私は、期待に押しつぶされた経験からあらためて自分と向き合い、今では「労働者が労働問題を語るための媒介となるエンターテイメントを作る」ことがミッションだと思うようになりました。
まだミッションを考えるのが難しいという人は、「誰からも求められていないけど、自分はやりたいと思っていること」を、小さなことでもいいからやってみるのもおすすめです。

私が同人誌を作ったときも、最初は「求められていないのに、やっていいのかな?」「こんなの出して笑われたらどうしよう」などと考えてしまって怖かったんですが、やってみたらすごく楽しかった。いざ作ってみると、意外とみんな「こういうことをやりたかったんだね」と言ってくれました。
もし周囲から反対されたときには、自分の力だけでできる範囲でもいいから、やってみたらいいと思います。作ってしまえばこちらのものですから。形になることで認めてくれる人もいるはずです。
ミッションを考える。誰にも求められていないやりたいことをやってみる。それらが、「期待に応じる機械」から抜け出すヒントになるのではないでしょうか。

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スタッフクレジット:
取材・執筆:あかしゆか
漫画:一秒
撮影:菊田 香太郎