<前編>強いチームになるために、シンプルなスローガンを反復し、哲学する。東洋大学 陸上競技部・酒井俊幸監督に聞く、チームをつくる言葉の力

人は「社会的な動物」です。学校でも仕事でも家庭でも、だれもが他者と関わって、いろいろな「チーム」をつくりながら暮らしています。ですが、一筋縄ではいかないのもまた「チーム」。うまくチームをつくり、回していくには、どうしたらいいのか?

そこで、今回ご登場いただくのは、東洋大学 陸上競技部を率いる酒井監督。チームとして襷をつないでいく姿が感動的な、新年の風物詩・箱根駅伝に参戦し続ける伝統校に欠かせない「言葉の力」を聞いてみましょう。

プロフィール

酒井 俊幸(さかい・としゆき)さん

東洋大学陸上競技部(長距離部門)監督。 1999年東洋大学経済学部経済学科卒。 東洋大学陸上競技部キャプテンを経て、コニカ(現・コニカミノルタ)に入社。 引退後は、母校である学校法人石川高等学校にて教員として陸上部顧問を務めた。 2009年より東洋大学陸上競技部長距離部門の監督に就任。箱根駅伝、全日本大学駅伝、出雲駅伝などでチームを数々の優勝に導く。世界レベルで活躍する選手たちを多数育成。

Q1.強い「チーム」って、どうしたらつくることができますか?

A.チームの哲学を「言葉」で打ち立てることから始めます。

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 複数の人がひとつの場所に集まっていても、それは単なる集団であって、チームとは呼べません。目的や目標、指針を含む哲学を打ち立て、共有することで、集団は初めてチームになります。

 私が監督を務める東洋大学 陸上競技部が、毎年挑んでいる箱根駅伝を例にとりましょう。
 伝統校や強豪校と呼ばれるチームには、それぞれにチームカラーがあります。個性あるチームが競い合うからこそ、多くの人を熱中させるレースとなる。これらのチームカラーは、各チームの芯にある哲学が、毎年毎年積み上がり、そして、代々受け継がれているものです。

酒井 俊幸さん

 では、チームの哲学はどうしたら築けるのか。ここに言葉が必要です。人は言葉で思考する生きものですし、思考が行動を決めますから、結果を出すには言葉を与えることが必要です。言語化できなかった言葉を言語化するのが監督の仕事とも言えます。

 大学競技ですから、まず大学の色があります。東洋大学は、哲学者として知られる井上円了先生が創立しました。哲学というのは本質を見極める学問ですよね。

 であれば、私たちのチームも、いつだって本質を見極めて動ける存在になろう。そして、東洋大学らしさとして、競技面・生活面すべてにおいて、実直に取り組むという方針を立てています。実直、それが東洋大学のキーワードであり、チームカラーです。

酒井 俊幸さん

 チームの哲学が決まれば、それを日々の行動やレースに落とし込んでいかなければなりません。

 私が監督に就任して2年目となる2011年(第87回大会)の箱根駅伝で、チームは21秒という僅差で優勝を逃しました。しかし、負けたときこそが、チームを変えるチャンスです。

 小さくも大きいこの差を埋めるには、1秒ずつを皆が背負う覚悟が必要です。そこで、次の大会へ向けて「その1秒をけずりだせ」というスローガンを立てました。これはチームの精神を端的に言語化したものだったため、現在に至るまで大切に受け継がれ、選手・スタッフのよりどころとなっています。

 私はすでに監督就任2年目でしたが、自分のチームは、本当にはそこから始まったのだと思います。チームを言語化したことが大きかった。

酒井 俊幸さん

 大学の陸上部では毎年選手が入れ替わっていきますが、言葉の力をうまく使うことによって、チーム・スピリットを維持することができます。

 2023年初頭(第99回大会)の箱根駅伝で、東洋大学は総合10位に終わり、いい成績を残せませんでした。とはいえ、下を向いてはいられません。そんなときこそ、言葉の力を用います。

 1月3日、復路のレースを終えた選手たちとのミーティングで、私は今年の方針となる言葉をさっそく掲げました。
 それが、「本番力」「体力」「ハート」「信じ抜く力」の4つです。レースの結果も踏まえて、いまのチームに必要なものを言葉にしました。今年はことあるごとに、この4つをメンバーに伝えています。そして、その本質は、各メンバーに考えてもらいます。

 文字にしてみると、何とも素っ気ない4つの言葉に思えるかもしれません。でも、それくらいシンプルなものにしなければ、言葉は人の心に浸透しません。

 掲げる言葉はひとこと、もしくはせいぜい1行にまとめること。わかりやすいフレーズを反復し、心に響かせ、定着させていくこと。それが言葉を使って、チームをつくるうえでの重要なポイントです。

酒井 俊幸さん

<中編>はこちら

スタッフクレジット:

取材・執筆:山内 宏泰
漫画:まるいがんも
撮影:菊田 香太郎

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