工場の稼働率はあえて抑えている!? アイリスオーヤマが1年間に発売する新商品の数は1,000点。年間でいえば1⽇あたり約3つの新商品が⽣まれている計算です。 その生産を可能としているのが、独自の開発体制と設備。通常、多くのメーカーは資材調達や部品製造を外注して製品をつくりますが、アイリスオーヤマは違います。材料精製から、ネジ、包装パッケージに至るまで、徹底的に「自前」にこだわり、高い内製化比率を実現。時間、手間、コストを抑え、迅速に企画・開発商品を形にする体制を確立しているのです。 さらに榎本さんは、新商品開発体制を整えるための秘密をもう一つ、教えてくれました。「一部の工場では、稼働率をあえて抑えています。工場に余力がないと『新商品をつくりたい』というとき、スピーディーに対応できないですからね。じつはそれが、弊社の工場の強みの一つでもあるんです」 その例として挙げてくれたのが、マスク。コロナ禍で急増したマスク需要に対応し、アイリスオーヤマは国内企業のどこよりも早くマスクの生産体制を整えて、その供給に貢献しました。 「必要なとき、必要な人に、必要な商品を素早く提供できるように。それがアイリスオーヤマがモノづくりで大切にしていることなんですよ」。そう語る榎本さんの表情は、どこか誇らしげです。
数を支えるスピードと、スピードを生む仕組み。 しかし、いくら設備が整っていても、企画・開発を担う「人」がいなければ新商品は生まれません。そこで、人的な体制についても榎本さんに質問してみました。 「商品開発において、決裁のスピードや開発効率を高める仕組みが整えられています。その代表例がプレゼン会議と伴走方式です」 ん? 初めて聞く言葉。榎本さんに詳しく聞くと、「プレゼン会議とは企画・開発・製造・営業・役員までの関係者が集まる週例の会議」とのこと。多くの企業では、社長決裁までに何度も会議を重ねる必要がありますが、アイリスオーヤマでは、この一回の会議で新商品をつくるかどうかの決裁が決まります。 会議でGOサインが出ると、関係部門が一斉に走り出します。これが、二つめの伴走方式です。通常は「開発→生産→営業」と順番にバトンを渡していくのが一般的ですが、「これだと前工程が終わらなければ次の部門が動けず、開発スピードが遅くなってしまいます」と榎本さんは言います。その点、伴走方式では各部門が並行して動くため、開発スピードが向上。さらに開発リーダーが全体を一気通貫で担当することで、各ラインの業務が分業的になりすぎないとのことでした。 「業界にとって“当たり前”と思われているプロセスを見直すことで、他の企業さんにはないスピード感をもって新商品開発にのぞめていると思います」 なるほど……新製品開発の“数”は、“速さ”によって支えていたんですね。
いくら便利に思えても不便は山ほどある。 ここまでの榎本さんの話から、アイリスオーヤマが新商品開発にかなり本気で取り組んでいることが伝わってきました。 とはいえ、なぜアイリスオーヤマはこれほど多くの新商品を開発しているのでしょうか。その疑問を榎本さんに率直にぶつけてみました。 「私たちは、自分も一人の生活者だと捉えて、日常で感じる『こうなったらいい』『これは不便だな』という視点を、商品化のアイデアにしています。これだけ便利で安心して暮らせる日本でも、生活の中に不満や不便はまだまだ山ほどある。新商品の点数は、その不満を解決しようとした結果だと思います」 消費者の不満を解決するための視点を、アイリスオーヤマではプロダクトアウト、マーケットインに代わる言葉として「ユーザーイン」と呼ぶそうです。その「ユーザーイン」の発想が根付いているからこそ、しぜんと新製品の数も多くなるのだとか。 ここでようやく、さきほどの「必要なとき、必要な人に、必要な商品を……」というアイリスオーヤマのモノづくりに対する姿勢を表した榎本さんの言葉が想像以上に深い意味を持っていたことに気付きました。
日本にある不満を解決するのは、誰か。 最後に、アイリスオーヤマではどんな課題に向き合っているのか、榎本さんに尋ねました。 「今、新たなマーケットを求めて日本に参入する海外の企業が増えています。その中で、日本の製品、とくに家電などは海外のメーカーに比べて競争力が落ちているのが現状です」 アイリスオーヤマでは、こうした日本の社会課題を解決するために「ジャパンソリューション」という言葉を掲げています。 たとえば、豊富な経験をもつ技術スペシャリストを採用して日本の技術力を守る、清掃ロボットを開発して労働人口が減少する社会を支える、災害時に水・食料を必要な場所に届けるなど、一つの取り組み、一つの製品であっても、日本の課題解決に向き合う意識を常に持っているのです。 「日本の社会が抱える課題、あるいは日本で生活する中での不満や不便を、正確に捉えてモノづくりができるのは日本企業だけだと思うんです。そういう意味でも、海外企業には負けていられない。日本での生活を豊かにする。そこに私たちが貢献する意義は大きいと、私自身は感じています」 グローバルの競争が激化する世界の中で、自分たちの手で日本の課題を解決したい。そう語る榎本さんの横顔がとても頼もしく見えました。