<前編>他者について語ることは、自分について語ることでもある。文化人類学者・松村圭一郎さんに聞く、「他者と向き合う」ことの意味

「ダイバーシティ」といった言葉が世の中で広く使われるようになって久しい現在。「他者と向き合う」ことが必要だとわかっていても、実際には難しい…と悩むことはありませんか?
そこで、あらゆる「他者」が研究対象になる「文化人類学」を専門にする松村さんにお話を聞いてみましょう。松村さんは、他者と向き合うとき、「他者を見つめている自分の眼差しに気づくこと」や、「人間はカテゴリーに当てはめて理解できるほど単純な存在ではないと知ること」が必要だと言います。具体的にはどういうことなのでしょうか?
プロフィール

松村 圭一郎(まつむら・けいいちろう)
1975年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。現在、岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。著書に 『所有と分配の人類学』(ちくま学芸文庫)、『これからの大学』(春秋社)、 『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)、『はみだしの人類学』(NHK出版)などがある。
Q1.他者と向き合うときに必要な視点は何だと思いますか?
A.他者を見つめている「自分の存在」を置き去りにしないこと。人間はカテゴリーに当てはめられるほど簡単な存在ではないと理解すること。そのふたつをまずは意識してみてください。
多様性の時代、他者と向き合うことが大切だと言われています。でも、ここで言う「他者」とはいったい誰なのかを考えたことはありますか?
人はしばしば、「自分と違いのある、関係のない人」を「他者」と呼びます。でも、「自分と違う人」が他者の定義なのにもかかわらず、他者を見つめるとき、それを見ている「自分の存在」が置き去りにされていることが多いのではないでしょうか。

自分と「違う」と言うためには、どこがどう違うのかを理解しなければいけません。そうすると必然的に、「自分とは何者であるか」という理解が欠かせません。その段階をスキップして、あの人はこうだとか、あの人たちはこうだとか言うことはできないですよね。
私が専門としている文化人類学は、よく「フィールドワークをして他者を知る学問」のように思われますが、実際は、他者を通して「自分」を知る学問でもあります。
過去の歴史の中では、「学問」の名のもとに、自分たちを差し置いて他者について語っていた時代もありましたが、やがて「自分を差し置いて他者を語ることはできない」と、考え方が変わってきました。
他者について語ることは、自分について語ることでもある。それを心がけると、だいぶ他者との向き合い方が変わってくると思います。
もうひとつ、他者と向き合うときには単一の「カテゴリー」や「ラベル」に支配されすぎないことも大切です。
私たちは、「性別」「人種」「職業」など、カテゴリーを使って物事を認識することに慣れています。でもカテゴリーは、本来、他者を理解するには、すごく不十分な手がかりに過ぎない、ただの単純な記号です。実態のない非常に大雑把なものなのに、現実そのものだと思ってしまう。それは危険ですよね。

たとえば以前、フィールドワークで中東に行ったとき、私はパキスタン人でイスラム教徒の男性と仲良くなりました。パキスタン人、イスラム教徒……。なんとなくカテゴリーだけを聞くと、自分たちとはまったく「違う」と感じるかもしれません。
でも話してみると、驚くほど自分と「似ている」と思いました。似たような年齢で、境遇に同じ部分が多く、家族などの話で非常に盛り上がり、いまでも彼はいい友達です。
私たちは、国の違いや信仰している宗教など、少ない記号を使って特徴を決めつけてしまいがちだけど、人間という生き物は、一つや二つのカテゴリーに収まるような存在ではない。そのことを痛感する経験でした。
生きていると、カテゴリーやラベルですぐに人を判断してしまいそうになることがありますが、そういったとき、じつは、その人とちゃんと出会っていないのだと思います。人間にはさまざまな側面があるので、出会うシチュエーションや関係性が違えば、同じ人でもまったく違って見えたりしますよね。
同じように、その人についてちゃんと知る手前でラベル付けしてしまったり、単純化してああだこうだ言う人は、その人のことをちゃんと知りたいわけでも、知っているわけでもない。その人を「こうだ」と決めつけることで「そうではない私」について語りたいだけなんです。それは他者と出会っているとは言えません。
目の前にいる他者には、常に何か別の可能性があります。「この人はこういう人なんだな」と感じても、それはまた塗り替えられる可能性がある、ただ一時的な仮の認識に過ぎない。
だから、他者と向き合うことは、終わりのないプロセスなんです。ぜひ、そのことを頭に置いてみてください。

エチオピアの村のトウモロコシ畑で農作業のあいまに〈松村さん提供〉
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スタッフクレジット:
取材・執筆:あかしゆか
漫画:したら領