<後編>狂気を感じるほどの「好き」を仕事にする人。数学者・千葉逸人さんに聞く、努力と天才

プロフィール

千葉 逸人さん
2009年、京都大学 数理工学専攻 博士課程卒業。九州大学 数理学研究院 などを歴任したあと、現在では東北大学 理学研究科数学専攻 / 材料科学高等研究所の教授に就いており、数学やその医学、材料への応用について研究しています。
著書:「工学部で学ぶ数学」(プレアデス出版)、「ベクトル解析から学ぶ幾何学入門」(現代数学社) 、「解くための微分方程式と力学系理論」(現代数学社)
Q3.数学者って、普段は何をしているんですか?
A.24時間365日、数学のことを考えています。
「天才」と称されることがあります。学生時代に大学生用の教科書を書いたり、40年間だれも解けなかった「蔵本予想」の証明をしたことを人々は思い浮かべているんだと思います。
「天才」と呼ばれること、それ自体が嫌なわけではないんだけど、自分では「努力の人」だと思っています。

だって、僕は高校時代からずっと数学のことを(他の授業中以外は)考えていたし、いまも、24時間365日、数学のことを考えていますから。
子育てが始まってからは流動的ですが、だいたい、いつも、朝は4時くらいに目を覚まします。5時に大学の研究室へ出向き、誰もいない時間帯は数学が捗ります。昼間は、研究、授業、学生の指導。夜は21時あたりに家へ帰り、夕食をとり寝支度をするのですが、ベッドに入ってもいま取り組んでいる数学の問題は頭の中にあります。たいていその問題を考えながら寝落ちします。すると夢の中にも問題を持ち込めるので、眠りながらも数学をしていることになります。
だから、24時間365日、数学をしてると言うんですよ。
気分転換はしないのかとよく訊かれますが、数学しているときがいちばんリラックスできるので、むしろ数学が途切れてしまう状態のほうがつらいです。

大学にいるときは、時間になればもちろん授業や指導をするのですが、学生と触れ合うのは楽しいですね。話していると斬新なアイデアをもらえたりもするので、自分の研究を前へ進めるうえでも貴重な時間です。
学生から、数学をやる上で、生まれ持った才能が必要かどうか、といった質問をよく受けますが、必要なのは才能ではないと思います。
僕は、24時間365日数学をやっているから問題が解けるけれど、実際のところ「蔵本予想」の証明にも6年の月日をかけています。それはやっぱり「努力」です。
「天才」と近い言葉の使われ方として「センス」があります。「センス」っていうワーディングだと、生まれつきの素養のように聞こえるかもしれませんが、僕はそうではないと思う。実は、超勉強すると、センスってついてくるんですよ。

数学でいうと、オリジナルな問題を見つけ出すところが、まさにセンスです。問題を投げてみると、間違うことなく計算できる学生は多いけれど、自分で解くべき問題を見つけてくる学生はかなり限られるし、そういう学生が伸びます。
数学者としての論文は、自分でオリジナルの問題を見つけてこないと書けないので、そこが研究者になれるかどうかの分かれ目といえるかもしれません。
先行研究をチェックして、「これはもう完成しているから、この先はないな」とか「こっちは、もう一歩先を議論・計算できるんじゃないか」などと見極めて、そこから問いを立てられるかどうか。それがまさに、数学的なセンスと呼ばれるものの正体です。
それは、24時間365日の努力から生まれます。

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スタッフクレジット:
取材・執筆:山内 宏泰
漫画:秋野ひろ
撮影:黑田 菜月