

豊かな自然が残る地域で暮らすなかで
気候変動による影響の大きさを実感
私が製造部門のカーボンニュートラル化(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)プロジェクトを率いることになったのは、2021年の7月。三菱ふそうが「すべての製造拠点のカーボンニュートラル化に挑戦する」と公表する直前でした。
入社以来、生産ラインの管理・効率化、社内全体の業務効率化、生産本部生体の企画・計画・管理業務などを担当。2017年からは施設管理部門で工場のインフラ(電気・ガス・水道・空調など)の計画・運用・メンテナンスを担当。コージェネレーションシステム(天然ガス、石油、LPガス等を燃料として、エンジン、タービン、燃料電池等の方式により発電し、その際に生じる廃熱も同時に回収するシステム)の導入にも深く関わっていましたので適任と評価されたのでしょう。
私自身は、長野県の山間部で生まれ育ち、豊かな自然が残る地域で暮らすなかで気候変動を実感していました。その一方で先進国のエネルギー対策が途上国の自然環境に影響を与えることがあってはならないという想いもありましたので、オファーには「ぜひ、やらせてください」と答えました。グローバル企業であるダイムラートラック社の一員として日本で何ができるのか、改めて考える機会になると思ったことも引き受けた理由の1つです。

エキスパートを集めてチームを編成し
ロードマップに基づく施策を実行
プロジェクトの立ち上げにあたっては、工場敷地内の緑化や廃棄物処理、ISO14001(環境マネジメントシステムに関する国際規格)の認証など、環境問題と向き合っていた技術者を集めて専任チームを編成。大学で環境問題を専門的に学び、グローバルな活躍をめざして入社した新卒社員もメンバーに加え、カーボンニュートラル化へのロードマップを作成しました。
主力工場の川崎製作所における最近の主な取り組みとしては4つあります。1つは建屋の屋上に設置した太陽光発電設備の増設です。これによって川崎製作所の発電力は1.5メガワット増え、年間のCO2排出量は2015年比で約2%減となりました。
2つめはコージェネレーションシステムを中心とする工場内冷暖房システムのリニューアルです。これは仕様や性能、配置が統一されていない上に老朽化も進んでいる冷暖房設備を一新して、コージェネレーションシステムを中心とした熱エネルギーのネットワークを構築することで、工場全体のエネルギー効率を高めようというプロジェクト。そのままでは捨てられてしまう発電時の廃熱を回収して冷暖房に活用することで、省エネと作業環境の改善を同時に実現します。現在の達成率は40~50%です。
3つめはコンプレッサーの更新と廃熱回収システムの導入です。これはコンプレッサーの熱を回収してボイラーへの給水を予熱することで、より少ないエネルギーで蒸気を作るというものです。これまでは独立していた設備を結び付け、熱エネルギーを融通し合うという一例で、既に数機の新型を導入して稼働させています。
そして4つめは身近な例でLED照明への切り替えです。現在の達成率は50~60%。オフィス棟はすでに完了していますが、川崎製作所は製造ラインの上の高所に設置された照明も多く、安全第一で慎重に進めています。

社会の変化と技術の進歩を察知して
最も効果的な施策を実行する
今後は、今ご説明した機器、システム以外の生産設備と生産プロセスの効率化・省エネ化も並行して進めていきます。すべてを自社でカバーしようとすれば早期に行き詰まってしまうので、たとえば太陽光発電であればソーラーパネルの設置を協力会社や取引先に働きかける。あるいは、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスなどから作られるグリーンエネルギー(電気)を購入する。水素などの次世代エネルギーの活用、証書・クレジット制度を活用したニュートラル化も進めていく必要があります。
こうした施策を立案、実行するプロジェクトのメンバーに求めているのは、これまでの概念や方法にとらわれず、社会の変化や技術の進歩をいち早く察知してアイデアを出し、フロンティア精神をもって実行してほしいということです。カーボンニュートラルや省エネに関連する技術は、まさに日進月歩。当社が2015年に導入した太陽光発電システムと比べて、今年設置したものは同じ面積で1.5倍の発電量となっているのがその一例で、今後はソーラーパネルの軽量化も進み今まで設置できなかった屋上や屋根以外の場所にも設置できるようになるでしょう。
長期のプロジェクトでありながら技術的な領域では進化のスピードが早いので、いつ、何を導入するかという判断はきわめて難しいと言えます。しかし、そのなかでもしっかりと先を見据えて最も効果的な施策を実行していかなければ、日本の環境対策は世界からさらに遅れをとってしまうでしょう。
忘れてならないのは、私たちが国内で初めて量産型電気トラックを開発したメーカーであり、国内の自動車メーカーのなかで、どこよりも早くカーボンニュートラル化を達成することはリーディングカンパニーである当社の使命であり、私自身もそこにやりがいを感じています。

当事者意識を持ってもらうため
広報と教育を軸にアプローチ
設備への投資、新たな技術への対応と並行して進めていかなければならないのが人に対するアプローチです。バリューチェーン全体のカーボンニュートラル化を公表して以来、当社においてカーボンニュートラルへの関心は着実に高まっていますが、ダイムラートラック社や欧州の先進諸国の企業と比較すると、まだまだ低いと言わざるを得ません。そこで必要となるのが広報と教育です。
具体的な取り組みとしては、社員に向けた記事の配信が挙げられます。これは専任チームを編成して最初におこなった取り組みの1つで、カーボンニュートラルを理解してもらうための入門編からスタートしました。当面は社員の関心を高めるため、的確なタイミングで興味を持ってもらえる記事を配信していきます。将来的には、灯台の明かりのように方向性を指し示すツールに育てていきたいですね。また環境問題をより身近に感じられるコンテンツや参加型イベントの企画・運営にも力を入れていくつもりです。
その一方、製造現場では「エネルギーの見える化」に取り組んでいます。これは1日の太陽光発電量や、特定の生産ラインで消費された電気、ガス、水道などのデータを公開することによって、カーボンニュートラルへの関心を高めてもらおうという試みです。まだスタートしたばかりですが、少しずつ、現場の人たちの意識が変わり始めているという手応えがあります。
いずれの取り組みも、最初のマイルストーンは、すべての社員に当事者意識をもってもらうことにあります。簡単ではありませんが、コミュニケーションによって製造に関わるあらゆる部門をつなぎ、私たちの呼びかけに応えてくれる人を増やしていく。その先にこそ、カーボンニュートラル化の実現、サステナブルな経営があるのだと思っています。