先輩

語学力より大切な「+αの視点」とは?

台湾駐在を経て起業する、「点」が「線」につながった私のキャリア

インバウンド向けカフェ 代表(起業準備中)

日本在住 S.W.さん

大学在学中に台湾へ留学。卒業後、日本の公益財団法人の現地事務所に採用され、約3年間広報文化業務に従事する。帰国後、大手人材サービス企業でのグローバル採用支援業務を経て、現在は地元・函館にてインバウンド向けカフェの開業準備を進めている。

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大学3年からの決断。台湾留学でつかんだ「行動する力」

「もう大学3年生だし、今さら留学は難しいかな…」そう諦めかけている人がいたら、私の経験をぜひお伝えしたいと思います。私は幼少期に親の仕事の都合で、数年間中国に住んでいました。当時は、ある程度中国語を理解できていましたが、帰国してからはすっかり忘れてしまい、いつか学び直したいという気持ちがありました。

しかし、気づけば大学3年生。留学の夢を諦めかけていました。そんな時、転機が訪れました。大学に台湾の海洋系学部の先生が講義に来られ、直接お話しする機会を得たのです。「うちの大学なら、交換留学の枠がなくても受け入れ可能です」という言葉を聞き、大学を休学して台湾へ留学することを決めました。

留学先に選んだのは、台湾の南部にある大学。山と海に囲まれ、野生の猿が学内を歩き回るような自然豊かな環境でした。語学留学ではなく、水産学部での専攻を活かし、現地の海洋系学部で専門科目を学びました。もちろん、授業はすべて中国語。最初は苦労の連続でした。語学センターに通いながら、授業はスライドをすべて写真に撮り、必死に予習・復習を繰り返しました。漢字という共通点があるため、文字資料があれば理解を深めることができたのは幸いでした。

台湾の生活で印象的だったのは、人の距離の近さです。おせっかいなほどの親切さに、留学初期の私は何度も救われました。困っていれば必ず誰かが手を差し伸べてくれる温かさがあり、孤独を感じることはほとんどありませんでした。寮生活では、ベトナムやマレーシア、フランスなど、様々な国籍の留学生と過ごし、マレーシア人の友人が作ってくれた手料理を楽しんだのも思い出の一つです。

留学中、心掛けていたことがあります。それは、「誘われたら、まずは全部行ってみる」ということ。行動の先に新しい人脈や機会が生まれると考えていました。「行動してみることの大切さ」。私にとって留学は、まさにそれを実感した経験でした。

海外就職に必要なのは語学力だけじゃない。“+α”が問われた就活経験

留学中の就職活動については、マイナビなどの就活サイトを通じて、専攻を活かせる食品メーカーや、大好きな台湾に関わりのある企業を自分なりに探してはいました。しかし、実際に応募したのはわずか2社ほど。そもそも、日本の同級生たちがどのようなスケジュールで動き、どんな状況にいるのか把握できておらず、就活に関しては情報が不足していました。

留学を終え、日本に帰国し、大学4年生として復学したものの、「また台湾に戻りたい」という気持ちがありました。その場合の選択肢は、台湾で働くか、現地の大学院に進むかのほぼ二択。まずは現地就職を模索しましたが、ここで最大の壁となったのが「就労ビザ」の問題でした。台湾に限らず、海外で働くには一定の条件を満たす必要があります。台湾の場合も、学歴や職歴などの条件を満たす必要があり、新卒の私にはその資格がないことがわかりました。「働きたい」という気持ちだけではどうにもならない、制度上の制約があることを強く実感し、一時は台湾の大学院への進学も検討していました。

そんな中、また転機が訪れます。それは日本の公益財団法人の現地事務所での採用でした。非常に特殊なケースですが、そこは日本の機関に所属しながら台湾で勤務できるポジションで、私にとってはビザの問題をクリアして台湾で働くことができる選択肢でした。その法人の選考においては、中国語の能力も一定の評価にはなったと思います。ただし、それ以上に重要だったと感じているのは、日本と台湾の関係や歴史についての理解でした。

面接では、「日本と台湾の関係をどう捉えているか」「台湾の人は日本をどう見ていると思うか」といった問いが深く掘り下げられました。 ただ「親日的だから好き」といった表面的な理解ではなく、過去に日本と台湾がどういう関係にあったのかという歴史的な背景まで「知る、学ぶ責任」を持つこと。語学だけでなく、相手の国を深く理解しようとする姿勢が大切なのだと、あらためて感じました。海外で働きたいと希望する人は、「語学力+αの視点」がグローバルな舞台で評価される一つのポイントになると思います。

「点」が「線」につながる瞬間。台湾で磨いた柔軟な視点が、起業という新たな挑戦へ

日本の公益財団法人の台湾事務所では、広報文化部に配属されました。主な業務は、SNSの運営や、日本文化を台湾の方々に発信するイベントの企画・運営などです。茶道や金継ぎの体験講座、日本統治時代の建物を巡る建築講演会など、私自身でテーマを決め、講師を選定、依頼する仕事でとても楽しかったです。特に建築の講演会などは定員以上の応募があり、台湾の方々の探究心の強さを感じることができました。また、日台のフルーツを紹介するお祭りや、台湾の国慶日に日本の高校生のパレードを招致する大規模なプロジェクトにも携わり、現地の方々と数カ月かけて準備を共にした経験は、私の大きな財産になっています。

実際に現地で働いてみて、日本との「働き方」のちょっとした違いに気づくこともありました。日本は事前の準備や計画を重視し、それに忠実に実行することを大切にします。一方で、台湾では、イベントの直前まで内容を調整し、より良いものがあれば柔軟に変更していくスタイルが一般的でした。最初は戸惑いましたが、それは「適当」ということではなく、状況に合わせて「ベストを尽くそうとする柔軟性」なのだと気づきました。このスピード感と臨機応変な対応力を身につけたことで、仕事に対する視野も広がったように思います。

よく「海外で働くには完璧な語学力が必要だ」と思われがちですが、少なくとも私の経験においては、必ずしもそうとは限りません。私自身、今でも完璧なビジネスレベルだとは言い切れませんが、大切なのは「たとえ拙くても伝えようとする姿勢」だと思います。やってみれば意外と何とかなるもので、現場で揉まれることでしか伸びない能力があります。言語やスキルの不安で立ち止まるよりも、まずはその環境に飛び込んでみることが、何よりの近道だと実感しています。

台湾での約3年間の勤務を経て帰国した後も、やはり「台湾」「海外」に関わる軸を大切にしたいと考え、グローバル領域で人材サービスを行う企業へ転職しました。そして現在は、函館市でインバウンド向けのカフェ開業に向けて準備しています。函館市を訪れる外国人観光客のおよそ半数が台湾の方々だというデータがあり、私が培ってきた中国語や文化発信の経験を直接活かせる場所だと考えています。水産学部で学んだこと、台湾の大学への留学、就職活動での試行錯誤、そして台湾での実務経験。その一つひとつが、次の選択肢へとつながっていきました。振り返ってみると、当時の経験は「点」ではなく、確実に「線」として今のキャリアに結びついていると感じています。

海外で働くことは、日本にいるより大変なことも多いでしょう。だからこそ「自分が何を大切にしたいか」という価値観と、制度などの「客観的な情報」を掛け合わせ、後悔のない道を選んでください。「やりたい」という意欲はそれだけで貴重です。語学力やスキルの不安があっても、まずは飛び込んでみること。行動しなければ何も始まりませんが、挑戦して得た一つひとつの「点」は、いつか必ず未来へと続く豊かな「線」になります。一歩踏み出した先に広がる景色を、ぜひ楽しんでください。

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