菅原一将さん
桜美林大学芸術文化学群1年[取材時]
神奈川県川崎市出身。小学生の頃に中国の伝統芸能「変面」と出会い、家族の支援を受けながら独学でオリジナルの変面を目指す。現在は桜美林大学に在籍しながら、変面活動に邁進中。
生まれつき体が弱く、幼い頃は引っ込み思案な性格でした。小学校に入ってからも勉強や運動は苦手で、周りの子のペースについていけず、ずっと自分に自信を持つことができませんでした。
そんな僕を180度変えたのが、「変面」です。小学3年生の時、親と訪れた横浜中華街の春節祭(中国の旧正月を祝うイベント)で、中国雑技のトップ大道芸人である張海輪(ちょう・かいりん)さんのパフォーマンスを偶然目撃。本当に雷に打たれた衝撃というか……。未だに自分でも理由は説明できないのですが、見終わった瞬間「自分は、これがやりたかったんだ」と確信しました。
そんな僕を180度変えたのが、「変面」です。小学3年生の時、親と訪れた横浜中華街の春節祭(中国の旧正月を祝うイベント)で、中国雑技のトップ大道芸人である張海輪(ちょう・かいりん)さんのパフォーマンスを偶然目撃。本当に雷に打たれた衝撃というか……。未だに自分でも理由は説明できないのですが、見終わった瞬間「自分は、これがやりたかったんだ」と確信しました。
変面は、中国の伝統芸能の一つ。演者が一瞬で面を次々と替えるパフォーマンスで、観客を魅了します。その魅力に取りつかれた僕は、両親に頼んでさまざまな公演に連れていってもらいました。時には変面師に「教えてください!」と直談判することも。しかし、どこへ行っても門前払いでした。変面は本来、一子相伝の秘技。そう簡単に伝授してもらえるものではなかったのです。
でも、どうしても諦められない。変面をやりたい。その思いを全力でサポートしてくれたのが家族でした。手先の器用な祖父は独自の変面の仕掛けを、父と祖母は衣装づくりを、そして母からはどんなときでも前向きな言葉を。「教えてもらえないなら、オリジナルの変面を追求しよう」。いつしか、そう気持ちを切り替え、家族と一緒に2年ほどかけて、自分なりの「変面」をつくり上げました。
でも、どうしても諦められない。変面をやりたい。その思いを全力でサポートしてくれたのが家族でした。手先の器用な祖父は独自の変面の仕掛けを、父と祖母は衣装づくりを、そして母からはどんなときでも前向きな言葉を。「教えてもらえないなら、オリジナルの変面を追求しよう」。いつしか、そう気持ちを切り替え、家族と一緒に2年ほどかけて、自分なりの「変面」をつくり上げました。
同級生の前で、はじめて変面を披露したのは、小学校卒業の際の「謝恩会」です。緊張しましたが、予想外の大反響で「菅原くん、こんなことできたの!」とみんな驚いてくれました。内気な自分が、これだけ成長できた。初めて自分が主人公になれたと思える、忘れられない瞬間でした。そしてこの経験をきっかけに変面に本気で取り組んでいこうと決心しました。
現在は大学に通いながら、地域イベントや商業施設など、さまざまな場所でパフォーマンスを行っています。最近は子どもたちの前で演技をすることも多いので、公演終わりに「好きだと思うことがあったら、迷わずやってみて」と話すようにしています。
変面と出会い、自分自身と自分の周りの世界もそれまでとは変わりました。その経験を伝えることで、誰かが「夢中」に出会うきっかけになれば……。今はそんな願いも込めて、日々、変面に取り組んでいます。
現在は大学に通いながら、地域イベントや商業施設など、さまざまな場所でパフォーマンスを行っています。最近は子どもたちの前で演技をすることも多いので、公演終わりに「好きだと思うことがあったら、迷わずやってみて」と話すようにしています。
変面と出会い、自分自身と自分の周りの世界もそれまでとは変わりました。その経験を伝えることで、誰かが「夢中」に出会うきっかけになれば……。今はそんな願いも込めて、日々、変面に取り組んでいます。