秋山友花さん
早稲田大学社会科学部1年[取材時]
群馬県伊勢崎市出身。伝統的工芸品である「伊勢崎絣(いせさきがすり)」の技術を唯一継承する職人・齋藤定夫氏のもとで、中学3年生から学ぶ。伝統工芸を未来につなぐためインターン活動も行う。Makers University U-18 10期生。
私が生まれ育った群馬県伊勢崎市には、伝統工芸品として認定された「伊勢崎絣(いせさきがすり)」があります。小学生の頃に「地元にこんなキレイなものがあったんだ!」と初めて知り、興味を持つようになりました。
中学3年生の3月、祖母に誘われて職人の齋藤定夫さんの展覧会を訪れました。その圧倒的な技術や創意工夫が詰まった表現は衝撃的でした。伊勢崎絣ただ一人の職人として、その伝統を継承し続けている定夫さんは、私にとって憧れの存在。興奮を抑えきれず話しかけると、その人柄に強く惹かれました。楽しそうに作品について語る姿や、言葉の端々から感じられる重みに心を動かされ、思わず「工房に通わせてください」とお願いしていました。
中学3年生の3月、祖母に誘われて職人の齋藤定夫さんの展覧会を訪れました。その圧倒的な技術や創意工夫が詰まった表現は衝撃的でした。伊勢崎絣ただ一人の職人として、その伝統を継承し続けている定夫さんは、私にとって憧れの存在。興奮を抑えきれず話しかけると、その人柄に強く惹かれました。楽しそうに作品について語る姿や、言葉の端々から感じられる重みに心を動かされ、思わず「工房に通わせてください」とお願いしていました。
それからというものの、すっかり伊勢崎絣の「沼」にハマり、春休みの間は毎日朝から夕方まで、高校へ進学しても週2回のペースで工房へ通い続けました。「伊勢崎絣を肌で知りたい」その一心でした。最初は見よう見まねで、途中からは職人目線での助言もいただけるようになり、少しずつ制作工程や技術を覚えていきました。
そして高校3年生の冬には、卒業式で着るための着物を4か月かけて制作しました。1日10時間かけて機織りに打ち込む日々。完成が近づくにつれて、喜びと同時に、終わってしまう寂しさが込み上げてきました。一つの作品に真剣に向き合ったからこそ、初めての特別な感情が湧き上がり、「伊勢崎絣が本当に好きなんだ」と改めて実感しました。
そして高校3年生の冬には、卒業式で着るための着物を4か月かけて制作しました。1日10時間かけて機織りに打ち込む日々。完成が近づくにつれて、喜びと同時に、終わってしまう寂しさが込み上げてきました。一つの作品に真剣に向き合ったからこそ、初めての特別な感情が湧き上がり、「伊勢崎絣が本当に好きなんだ」と改めて実感しました。
上京し大学に進学しても、伊勢崎絣への想いや情熱は消えていません。伊勢崎絣を軸に、魅力を知ってもらうためのイベントを主催したり、ビジネスを学ぶためにインターンをしたり。その中でたくさんの人に会って刺激を受けています。ただ、活動の幅を広げると新たな葛藤にも直面しました。技術の習得もしたいけれど、人に伝える活動もしたい。でも、限られた時間の中ではどちらも中途半端になってしまうかもしれない……。
思いあぐね、試しに一度、伊勢崎絣から離れてみると、毎日が味気なく感じられました。伊勢崎絣を通して出会う人や社会こそが、私をワクワクさせるのだと再確認できました。「伊勢崎絣を伝えていく活動をしないと一生後悔する」そう確信したのです。
今は、定夫さんにしか語ることができない技術や表現を、文字や写真、映像としてアーカイブすることに取り組み始めています。ゆくゆくは、各地の伝統工芸のデータを集めるプラットフォームをつくり、空間デザインや街づくりに活かしたいという夢もあります。伊勢崎絣を軸に、人と人、人と文化をつなぐ存在になる。まさに今、このときが、その一歩目なのだと思います。
思いあぐね、試しに一度、伊勢崎絣から離れてみると、毎日が味気なく感じられました。伊勢崎絣を通して出会う人や社会こそが、私をワクワクさせるのだと再確認できました。「伊勢崎絣を伝えていく活動をしないと一生後悔する」そう確信したのです。
今は、定夫さんにしか語ることができない技術や表現を、文字や写真、映像としてアーカイブすることに取り組み始めています。ゆくゆくは、各地の伝統工芸のデータを集めるプラットフォームをつくり、空間デザインや街づくりに活かしたいという夢もあります。伊勢崎絣を軸に、人と人、人と文化をつなぐ存在になる。まさに今、このときが、その一歩目なのだと思います。