私は小さいときから絵を描くのが好きでした。もっと好きだったのは、色鉛筆を眺めて「この色はこの色と仲良し」と物語をつくって並べていくこと。その感性はきっと今の仕事につながっていると思います。
15歳のときにお年玉で一眼レフカメラを買い、文字通り寝食を忘れて写真に没頭するようになりました。誰かに頼まれたからとか、何かのためとかではなく、やらずにはいられないことに出会えた幸福感は大きいものです。向かう先が定まったときの人間のエネルギーはすごい。没頭することがなくても幸福度を上げることはできると思いますが、生きることが豊かになるのは間違いありません。それ以来、美大に通いながら写真を撮り続けてきました。大学1年生から自分の名前で仕事を始めましたが、女性だからという偏見にさらされたり、演出家だった父親の名前がついて回ったり、嫌なことやつらいことは多くありました。それでも私にとってクリエーションは生きることと同義です。逃げるとか、諦めるという選択肢はありませんでした。デビューから30年余りがたつ今もそれは変わりません。いまだに新しい表現方法を見つけては興奮しています。努力を努力と思わないですし、楽しくてやりたくて仕方がない状態がずっと続いています。終わりのない楽しさがあります。
学生時代はスポンジのようにさまざまなことを吸収できる時期です。無限の可能性を秘めているからこそ、自分を知ること、自分を広げることが大切です。私は父に、良質なものにたくさん触れなさいとアドバイスを受けました。本でも、映画でも、舞台でも、美術館でもよくて、手当たり次第にさまざまな経験をしました。まだ「これだ」というものが決まっていないなら、自分の好みのものだけでなく、たくさんのものに触れてインプットすることが後の助けになるはずです。今のSNS時代は、自分向けにカスタマイズされた情報ばかりを受け取りがちです。ときには書店に足を運んで自分の好みと違うものが自然と目に入るようにするなど、自分と異なる世界に触れる機会を意識的につくることが大切です。タイパやコスパにとらわれず、無駄に見えることも含めて自分を広げることに時間を使ってみると、たとえ没頭できるものに出会えなかったとしても、人生を豊かにする第一歩となります。
人は皆、違うからこそ面白いものです。いつもは着ない色の服を選んでみる、普段は行かない街に足を向けてみるなど、ちょっとだけ違うことをすることも自分を広げることにつながります。人と同じでも違ってもいいし、こうでなければいけないということはありません。ただ、人と違うからこそ見える景色はあります。それは重要な個性になると思います。どんな分野でもトップを走っている人たちは圧倒的な努力をしています。近道はなくて、失敗を重ねることでしか成長はありません。いま没頭できるものがある人はとことん没頭し、そうでない人は色々な体験をしてみてほしい。それはどんな道へ進むにせよ、一生の財産になるはずです。
蜷川実花(にながわ みか)
蜷川実花(にながわ みか)
写真家、映画監督、現代美術家
写真を中心として、映画、映像、空間インスタレーションも多く手掛ける。クリエイティブチーム「EiM(エイム)」の一員としても活動中。木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。2010年ニューヨークのRizzoliから写真集を出版。また、『ヘルタースケルター』(2012年)、『Diner ダイナー』(2019年)をはじめ長編映画を5作、Netflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』(2020年)を監督。