日本航空株式会社

日本航空株式会社
ソリューション営業本部 関係・つながり創造部戦略グループ グループ長

中下 広基

中下 広基写真

大阪府枚方市出身。米・ワシントン州インターレイク高校を卒業後、立命館大学文学部に入学。卒業後、2007年に日本航空株式会社に入社。

異文化交流で得た「旅が人をつなぎ、世界を平和にする」という気づき。

「This is a Pen」からはじまったアメリカ生活

引っ込み思案だった自分に転機が訪れたのは16歳の頃。親の転勤で突然、地元・大阪から縁もゆかりもないワシントン州のシアトルに移り住むことになった。もちろん、学校も現地の高校に通うことに。それが、ほぼ英語を話せない私のアメリカ生活のはじまりだった。
とにかく最初は言葉がわからないので、週に数回あるESL(英語を母語としない生徒用の英語教育クラス)を心の拠り所にしながら、英語を学ぶ日々。言葉を覚えるだけでも大変だったが、いずれ日本の大学に入学することも見据えており、ネイティブの学生並みの成績を収める必要もあった。
必須科目のディベートやスピーチなど、ネイティブに交じってこなす必要がある授業に取り組みながら、帰宅後も膨大な宿題をこなすため、深夜2〜3時まで机に向かう生活。振り返れば大変な3年間だったが、何事も中途半端に終わらせることが嫌いだったせいか、最後まで頑張り抜くことができた。

自分の居場所を求めて大学でチームを結成

それでも、心残りはあった。言語のせいもあったが、アメリカでは何かの「コミュニティ」に心から所属できたという実感がついに得られなかった。もっと肩の力を抜いて交流を楽しめばよかったという後悔。そんな思いを晴らすために、日本に戻ってからの大学4年間は、自分なりの居場所をつくることに熱中した。
入学して早々、自分が中心となって同じクラスの気のあう仲間9人でチームを結成。季節ごとのイベントやバースデーパーティーなど、何かにつけて企画を立て、仲間と刺激的な日々を過ごした。そんな中で、年1〜2回の海外旅行も恒例行事となっていった。
有名な観光地を訪れるのも楽しかったが、現地の人々との交流こそが、旅行の魅力であることを知った。例えば、高校卒業後に初めて訪れたシアトルでの旧友と過ごす時間。他にも、仲間とビーチバレーをしていたら現地の人も混ざってきて、一緒にプレーすることになったサイパンでの出来事。一層旅に夢中になった。

海外旅行で興味を持った「人と人をつなぐ」役割

旅は単なる移動ではなく、異なる文化の人同士が出会い、つながる体験でもある。アメリカでの9.11テロをきっかけに、世界情勢や社会課題に興味を持つようになった私は、高校の頃から、何かしらの形で世の中に貢献したいという思いがあった。世界紛争の解決には、もっと人々が出会い、わかりあうことが大切。そう考えると、航空業界なら重要な役割を担うことができるのではないか。大学時代のその気づきが、いまの会社へと導いてくれた。
アメリカ生活で芽生えた「コミュニティ」への思い。日本に戻ってきて、主体的に取り組んだ組織づくり。そして、仲間たちとの旅。これら全ての経験が、「人と人とをつなぐ役割」に対する関心を高め、現在の私へとつながっている。困難にぶつかりながらも、自分なりに精一杯駆け抜けた学生時代に、悔いはない。

学生への応援メッセージ

もし、学生の今時間があったら、どこか近場でもいいので旅に出てみることもおすすめです。旅は視野を広げ、人を成長させてくれます。私たち日本航空でも旅に出る若者たちを支援するために、さまざまな施策を行っています。例えば、私がいま取り組んでいる「JALガクツナ プロジェクト」は、地域で新たな人材・アイデアを求めている方と、地域のために何かをしたいという学生を結びつける地域密着型のプログラムです。もし興味があれば、ぜひ飛び込んでみてください。