丸紅株式会社
情報ソリューション成長投資マネジメント室長
服部 裕
兵庫県西宮市出身。1995年、一橋大学商学部入学。卒業後の1999年、丸紅株式会社に入社。
高校卒業後に関西から上京、進学したのは東京の一橋大学。家賃の安さに惹かれ、住まいは学生寮を選んだ。当時、大学の小平キャンパス敷地内にあったその寮には1・2年生のみが入居し、共同生活を送る学生は200名以上。特徴的だったのは、寮の運営も学生自身が担う「自治寮」であったことだ。寮生同士で話し合い、ルールを定め、問題を自分たちで解決していく仕組みに衝撃を受けた。
人付き合いが濃密な寮では、一年を通して親睦を深めるための行事が開催されていた。最大の目玉は新入生歓迎会。4〜5月にかけてほぼ毎日ブロック(4〜6部屋で1ブロック)ごとの交流会を開き、総当たり戦の要領で全寮生と顔合わせをするという、壮大な催しだった。もう一つ、思い出深いイベントといえば、「ウォーキングラリー」がある。以前の校地であった千代田区一ツ橋から小平キャンパスまでの約50kmを、夜通し走破・踏破する過酷な行事は、振り返ると良い思い出になっている。
こうした行事の企画も含めた寮の運営を担うのは、15名のブロック代表者から構成される「寮委員会」。週1回の定例会で、寮の運営方針やトラブル対応などを協議する。私も1年生で委員として参加し、半年後には自ら立候補し、選挙を経て寮委員長を務めた。せっかく暮らしているのなら、寮の運営に主体的に関わってみたい、その方が楽しそうだ、というのが動機だった。結果、勉強やアルバイトにも増して、寮の運営に時間とエネルギーを注ぐことになる。
「自治寮」ゆえに大人に頼らず、あらゆる問題は学生同士で話し合って解決した。日々トラブルは尽きなかったが、最も印象的だったのは、騒ぎ過ぎが原因で近隣との騒音問題に発展した一件である。その解決策として、私たちは自律のための新ルールを整え、苦情を寄せたお宅へ直接お詫びに伺った。誠意を汲んでくださったのか、先方は「まあ、いいから」と柔和な態度に。問題から逃げずに向き合い、対話で乗り越えること、当時学んだ私のリーダーシップの原点である。
寮委員会の会議では、個性が強く、ときに頑固な委員たちをまとめることが委員長の難題だった。私が心がけたのは、できるだけ多くの声を引き出し、議論を広げながら着地点を探ること。ときにリーダーが強く引っ張ることも必要だが、全員で案を出し、最終判断の責任はリーダーが負う、その方がメンバーの納得感は高いことを経験から学んだ。
大学を卒業してから20年以上経ち、意見を取りまとめる立場も多くなった。改めて、自治寮で身につけた「話してみなければ、聞いてみなければ、分からない」という学びが生きていることを実感する。濃密な共同生活の2年間は、いまの私を支える基盤であり、かけがえのない時間だった。
学生への応援メッセージ
「社会で役立つから」「就活で有利だから」といった理由で物事に取り組む人も多いでしょう。ですが、世の中は大きく変わり続け、求められる力も一定ではありません。大切なのは、変化に合わせて自分を柔軟に更新する姿勢です。だからこそ学生時代は損得勘定を脇に置き、何でも挑戦してみてください。どんな経験も必ず糧になります。将来から逆算せず、「好き」に没頭して飛び込めば、あなた自身の未来が大きく拓くはずです。





















